*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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夢を見ていた。探しても探しても大切なものが見つからない夢を。
お気に入りの赤の靴が片方だけ落ちていて、幼心に不吉な予感を抱かせた。見つからなかったらどうしよう。何か怖い目にあっていたらどうしよう。彼は小さくて人一倍怖がりなのに。
生い茂る草木を掻き分け、必死に探した。身体が小さいし身軽だからどこへでも身を隠せる。どうか無事な姿を見せて。何事もなかったように。あどけない、少し得意げなその顔を見せて。どうかお願いだから。
夕暮れを超え、闇が全てを覆い尽くすまで、残り僅かしかない。焦りで嫌な汗が全身を包み、呼ぶ声も枯れてきてしまった。しかし、ふと視界に入ってきた影を凝視して、息が止まりそうになる。
大きな影が蹲り、小さな影をねじ伏せている。その小さな影が、自分のよく知るものだとわかった瞬間、和希は無我夢中で叫んだ。
怖い夢を見ていたのに、浮上し始めた意識は不思議と不快ではない。
「・・・き・・・ず、き・・・かずき・・・」
遠くで誰かが自分を呼ぶ声がする。どこか懐かしいような気がするのに、誰のものなのかがわからない。頼りなさげに囁くような声で和希の名を呼び続ける。
「かず、き・・・おきて・・・かずき・・・」
落ち着いた声音なのに、言い方が舌ったらずでなんだか可愛い。そしてこの話し方は幼い頃の優希に似ているのだ、と懐かしさを覚えたわけに思い至る。
その切なげな声に、大丈夫、起きているよと声を掛けてやりたいのに、身体が重く力が湧いてくれなかった。
「ほら、優希。寝てるんだから、起こさないのよ。」
こちらは間違えなく母の声だ。それに抗うように和希の名を呼ぶのは、やはり優希なのだろうか。
なんとか重く閉じた瞼を抉じ開けると、こちらを覗き込んでいた優希は大きな瞳をさらに見開いて、彼の瞳が潤む。
「かず、きッ」
優希が目に見えて安堵したような顔をして、掠れた声で叫ぶ。彼の嬉しそうな声を愛おしく思って、次の瞬間ハッとする。
「優希、声・・・。」
和希の問いに一度恥ずかしそうに俯き、苦笑いをして顔を上げた。大丈夫かと念を押して聞かれ、ようやく自分が倒れたことを思い出す。
「迷惑かけて悪かったよ。母さんも、ごめん。」
「まったく、倒れるまで無理するなんて。インフルエンザらしいから、今日は様子を見て入院。問題なければ明日退院よ。」
「わかった。」
辺りを見回すと病室だった。ベッドの上で仰向けになり、点滴を打つ姿は完全に病人だ。部屋の壁に掛けられた時計を見ると、午後五時半を回ろうとしている。診療所で認識していたのは午後四時前だから、かれこれ一時間は意識が遠のいていたことになる。
「ほら、優希。もういい加減ここ出ないと、病院の人にも迷惑かかるわよ。」
和希が目覚める前にもすでに何度か母に急かされたのかもしれない。優希が少し怒ったように母を振り返って抗議の目を向ける。そして縋るように和希の方を見た。何かを訴えようとしているようなのだが、回らない頭では上手く意図が汲み取れない。
「優希、何か話したいことでもあるの?」
そう聞けば神妙な面持ちで頷き返してくる。
「明日、退院したら聞くよ。」
今話したかったのだろう。少し落胆した顔が返ってくる。けれど最後は諦めたようで、小さく手を振って病室を出ていった。その手の振り方が小さい頃のものと同じで、温かい気持ちになる。和希は静かになった病室で火照る身体にまどろみを感じて、落ちてきた瞼をそのままに、再び眠りの世界へ落ちていった。
身体が昨夜から怠い。寝れば良くなるだろうという甘い算段を裏切るように、今朝から頭痛と咳が加わった。以前ならこんな時、すぐに優希が心配してくれたのに、などと情けないことを思う。黙々と隣りで朝食を食べていたと思ったら、さっさと席を立って行ってしまった。
「あんた、具合でも悪いの?」
「ああ、ちょっと。今日、部活は休むよ。」
「学校から帰ったら、病院行ってきなさい。熱は?」
「いや、熱はない、と思う・・・。」
本当は計っていないのでわからないが、感覚からいって、恐らく微熱くらいはあるだろう。しかし倒れそうなほどではないので、これから仕事へ向かう母に迷惑をかけたくない。
「診察券と保険証、どこに置いてたっけ?」
「リビングの引き出しに纏めて入ってるわよ。お財布の中、入れておきなさい。帰りに神谷先生のところ行ってきなさいよ。」
「そうする。」
神谷医院は子どもの頃からお世話になっているかかりつけの診療所だ。今は亡くなってしまっていないけれど、あそこの元院長先生のことを優希は好きだったな、と思い出す。今はその息子夫婦が診療所を継いでいる。しかし懐かしさに浸れるような精神状態でもなく、重い身体に鞭を打って席を立った。
あともう少ししたら授業も終わる。そう思ってホッとしかけたら、全身から力が抜けそうになって、辛うじて足を踏ん張った。
相当熱が上がっている。朝の時点で見込み違いをした自分が恨めしい。今日は無理せず休むべきだった。乗ってきた自転車に乗るのも危なそうなので、優希に頼んで自転車は持って帰ってもらおうと重い頭で考える。優希と不穏な時に限って、と頭を抱えつつ、そうするより他なさそうだった。
ホームルームが終わってすぐ、隣りの席のクラスメイトに頼んで、優希を呼んできてもらう。自分の足で行けないほどではなかったけれど、自分が行くと逃げられそうな気がしたから頼むことにした。案の定、優希は和希のクラスまでやってきたが、和希の様子を見た途端、心配そうに顔を覗き込んできた。
自分が思う以上に具合の悪い顔をしているのかもしれない。自分のことを心配してくれるのだと思ったら、堪らない気持ちになる。
「優希、悪い・・・。自転車持って帰ってくれる?これ、鍵。」
鍵を渡そうとすると、優希が驚いた顔をして何度も掠れた声で一緒に帰ると言い張るので、戸惑いながらも甘えることにした。
自転車の後ろに乗るのは初めてだった。身体の大きな自分を乗せて漕ぐなんて大変だろうなと思ってしまったけれど、必死な顔をして漕ぐ姿は思いの外凛々しい。優希も男だしな、と今更なことを思う。優希を籠の鳥にしていたのは和希で、その檻が窮屈になってしまったのかもしれない。
「優希、ごめん・・・。」
小さな和希の声は駆け抜ける風の音で消されてしまい、優希の耳に届くことはなかった。
今まで逃げてきたことに、少しずつ向き合うことにしたのは、先が見えない不安と自立した未来を望む自分がいるから。
人生のほとんどを和希に頼り、その和希から離れて今度は大内に頼り、何一つ満足に自分の力でできないことが不甲斐ない。いつまでも人に寄り掛かる人生は、自分の人生だと胸を張って言えないだろう。
「ゆっくりケアしていきましょう。昨日今日の訓練ですぐに成果が出ないからと言って、焦ることはないですから。」
失語症の原因は強いストレスに起因することも多い。優希の場合、発端は殺人未遂事件だった。しかし声が戻らなかったのは、メンタルケアを疎かにしたばかりでなく、和希が常に傍でサポートしてくれていたおかげで、話せなくても生活に支障をきたすことが差し迫ってなかったということもかえって悪影響だったのだ。
「一概にこれが原因とは言えませんが、今話せない原因は過去の精神的ストレスというよりも、長く話してこなかった後遺症と考えた方がいいかもしれません。先ほどやったように声を出す訓練を毎日少しずつしていきましょう。練習する時は誰かと一緒でも一人でしても構いません。自分にとってストレスがないと感じる方を選んで下さい。また来月に予約を取っておきますから、一緒に頑張っていきましょう。」
先生の言葉に頷き返して、ハッとする。そして掠れた声で返事をしなおした。
日々の生活の中で、声を出さないで過ごす術だけ身に付けてしまって、積極的に声を発する努力をしてこなかった。それがこうやって習慣の端々に滲み出てしまっている。
先生に苦笑いをすると、明るい笑顔で首を横に振り、少しずつでいいんですよ、と返ってきて安堵する。優希はつくづく人に恵まれていることに感謝しつつ、恋愛にうつつを抜かしている場合ではなかったのだと、少しばかり反省した。
家までの帰り道、漠然としていた未来に少しだけ光を見い出せそうな気配を感じて空を仰ぐ。話せるようになれば仕事だってちゃんとできる。勉強は頑張ってきたのだから、幸い選択肢も多い。
子どもの頃から医者に憧れていた。注射が怖くて泣き喚く自分に真摯に向き合ってくれた、おじいちゃんの先生。近所に開業していた白髪混じりの優しいあの先生は、もう随分前に亡くなってしまった。泣かないで診察を終えられた時は、かっこいいねと褒めてくれた。誰からも、可愛いね、としか言ってもらえなかった自分にとっては新鮮な響きで、その日一日中、自慢気でいたものだった。
病院を怖がる子どもは多い。だからこそ、どんな子どもにも慕ってもらえる、あの先生のようになれたら、という思いがずっと胸にあった。ずっと息を潜めていたその夢が、今心に蘇ってくる。その夢は優希に新しい希望を与え始めていた。
自分の問いに答えることなく席を立ってしまった優希を、呆然と見送る。触れられたくない話ということは、気まずい事実があるということだ。関係を肯定されたも同じだと気付く。
優希が同性相手に恋愛感情を持つなんて知らなかった。他の事はすぐ顔に出るからわかりやすいのに、自分はその事に関してノーマークで、サインを見落としていたのだろう。
優希の一番近くにいたのは自分だと思っていたのに、今は別の誰か・・・大内が優希の一番近くにいる。そう思い至ると無性に腹が立った。心底耐えられないほどの怒りが湧いてきて、自分の中に奪い返したい衝動があることに気付く。
「俺・・・変だ・・・。」
兄弟なんて、いつかバラバラになる。それぞれに家庭を持って独立すればそうなるのが自然だ。けれどその普通に来るはずの未来に憤りを感じている自分は何だろう。そして大内に嫉妬している自分は、まるで優希に恋をしているようではないか。
その事実に愕然としつつ、当然の想いだと納得してしまう自分がいる。
好きだから盗られたくない。好きだから一緒にいたい。好きだから笑っていてほしい・・・。
最近心を閉ざしていた優希に寂しさを感じ、大内と一緒にいる事実に心ざわめき落ち着かなかった。好きだからと認めてしまえば、これまで不明確だった自分の気持ちを簡単に説明できる。
けれど今更そんな事に気付いてもどうしようもない。優希は大内が好きで、大内も優希が好きなら、二人は相思相愛。どう考えても邪魔者は自分だ。
近過ぎて、気付けなかった。ずっと居てくれるものだと、どこか楽観的に構えていたのだ。優希から離れていくことなどないと、自惚れてもいた。だって、ずっと後ろをついてきてくれていたから・・・。
もう甘えて縋り付いてくる幼子はいない。いつの間にか巣立って、籠の鳥ではなくなっていた。優希は自分の知らない世界をずっと前から見ていたのかもしれない。
失くしたものの大きさを知って、和希はただ呆然とした。
昨夜は結局、正確な真偽を知る事ができなかったから、悶々とした夜を過ごす羽目になった。せめて本当に付き合っているのかどうか、ということだけでも知りたかった。優希本人に問いただすのは憚られて、結局昼休みに大内の教室へと足を運ぶ。和希が顔を見せても、さして驚くこともなく、大内は平然としていた。人気のないところまで連れ出したところで、こちらが口火を切る前に大内の方から問われる。
「昨日、優希に確かめたんだって?」
そう言って苦笑されると居た堪れなくなる。話が筒抜けなのも面白くなかった。
「遊びなら、やめてください。」
「随分な言い草だな。真剣だよ?いくら君が弟でも、とやかく言われる筋合いはないと思うんだけど。」
「本気・・・なんですか?」
「当たり前だろ。」
「ッ・・・。」
「そういう言動が優希を傷付ける、ってことがわからないのか?」
「そんなつもりは・・・。」
「傷付けたら、いくら兄弟でも許さないから。」
口調は穏やかだったが、大内は明らかに怒っていた。そしてその怒りは明確に和希へと向けられている。
「話はそれだけ?」
和希は何も言えないまま黙り込んでいると、大内は教室の方へさっさと歩き出してしまう。引き留めように掛ける言葉も見当たらなくて、結局後味だけが悪かった。
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初めて呼び出しなるものを受けたら、和希の彼女の今野だった。正確に言えば、その取り巻きらしき友人付きでもある。
「ねぇ、優希くん。優希くんってさ、いつもかずくんと登下校してるよね?」
和希と一緒に登下校したいから、自分が邪魔なんだなとすぐに合点がいく。先を言わせたくなくて、メモ帳を取り出し書き込んで渡す。
《今野さんと帰るように言っておく》
パッと顔が華やいだ今野を苦々しい気持ちで見る。
もう和希の背中すら見つめることができない。あの片道五分、往復十分の道程は、和希と自分を繋いでくれる、かけがえのない時間だったのに。
満足気に去っていった今野たちを見送って、歯を食い縛る。もう泣かないと決めたばかりなのに、また泣きそうになる。深呼吸を繰り返して込み上げてきたものを何度も呑み込む。始業のチャイムで我に返り、ようやく教室へと戻った。
顔を見て伝える気力はなかったので、和希にはメールを送った。大内に愚痴る話が増えてしまったな、と送信完了画面を見ながら溜息をつく。でも前までと違うのは、隠し続ける苦しみを抱えなくて済むことだった。それだけでも優希にとっては進歩。自分の気持ちをわかってくれる人がいる心強さが、優希の気持ちを落ち着かせた。
それからというもの、優希は大内と過ごす事が多くなった。学校では学年が違うので図書委員の仕事が被った時くらいだったが、放課後や休日を共にした。
大内は外に多くの交友関係を持っていて、彼の友人の中には同性の幼馴染を好きになって苦しんでいる者もいた。悩んでいるのは自分だけではない。
視野が広まったことで、自分で自分を責めることがなくなった。幸せになりたいのは皆同じ。けれどこの世には叶わない願いがたくさんある。それは誰の所為でもないのだと知った。心が軽くなると自虐的だった思考が、まだ見ぬ未来へと向かい始める。叶えられるものを自分の力で見つけていくしかない。
自分の殻を突き破るのは怖いけれど、そろそろ決意しなければいけない時期まできたのだと感じるようになった。
優希が帰ってこないと夕方五時前から騒ぎ出した過保護な母にいつもだったら呆れているところだが、今日ばかりは母と同じ心持ちだった。それを見透かすように家の電話が鳴り、母が応対すると相手は大内だった。暗くなってしまったので送ります、とわざわざ電話をくれたのだ。律儀な先輩ね、と先ほどとうって変わって母が安堵の顔を浮かべると、父がやれやれと肩を落とした。
一方、今野はというと、友人たちと明日の朝早くからデザートブュッフェに並ぶとかなんとか騒ぎ出し、初詣の約束を和希から捥ぎ取った後、早々に帰宅した。ころころと変わる女の子の言動は疲れる。優希との会話の方がよっぽど心が和むと真面目に思う自分は、頭がおかしいのだろうか。
電話が来てから三十分も経たないうちに玄関の扉が開く音がする。母と吸い寄せられるように玄関へ向かうと、優希の後ろに大内が立っていた。
「大内くん、わざわざありがとう。優希、ちゃんとお礼言ったの?折角だから、お茶でも一杯飲んでいって。」
「いえ、うちももうすぐ夕飯なので今日はここで。今度お邪魔させて下さい。」
「あら、そう?そうしたら、今度是非上がっていって。」
「はい。それでは、失礼します。優希、また学校でな。」
優希が少し恥ずかしそうに手を振って大内を送り出す。寒いから中へ入って、と遠くの方から大内が声を掛けるまで、優希は見送り続けた。
何故だかその姿に釈然としないものを感じる。あの頼り切った縋る目は何だろう。あんな顔をする優希を見た事がない。
知らない顔が増えていく片割れに、和希は寂しさを覚えた。
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いつも通り一家団欒の休日になるかと思いきや、和希が彼女の今野を連れてくるらしい。散々迷った挙句、大内にメールをしたら、うちへおいでと誘ってくれた。
「あら、出掛けるの?」
リビングから廊下へ顔を出した母に頷いて、大内の家にお邪魔する旨を書いたメモを渡す。
「休みの日に出掛けるなんて珍しいじゃない。」
そう言う母は少し嬉しそうだ。声が出ない優希のことを引っ込み思案だと思っている節がある母にとって、休みの日に遊ぶ友人がいるという事実は喜ばしいことなんだろう。優希にしてみれば、和希と今野が仲良く戯れる姿など見たくなくて逃げるだけだ。ただの現実逃避。
玄関先まで見送りに来てくれた母に小さく手を振って歩いて出る。教えてもらった大内の家までさほど距離はない。駅を目指し、自分の家がある方とは反対側の改札口に向かう。そこで学校で見慣れている大内の姿をすぐに見つける。私服だとさらに大人びて見えた。
「おはよう、優希。もしかして、結構急いで出てきた?」
何故そんな事を聞くのだろうと思っていたら、大内が優希の髪の先端に触れる。
「可愛い寝癖。」
面白いものを見たという顔で遠慮もなく大内が笑う。恥ずかしくなって俯けば、笑ったまま頭を撫でられる。
そういえば家を出ることに必死過ぎて今朝は鏡を見ていなかったと気付く。なんだか、あまりに間抜けな自分に笑えた。
エメラルドの海と雲一つない空。この世のものとは思えない澄み切ったものたちは、心の澱みを洗い去る。その世界にしばし心を奪われて溜息をついた。
「この目で見てみたくなるだろ?」
大内に問われてすぐに頷き返す。
「目の前に本当にこれがあるんだ。自分が凄くちっぽけに思える。」
大判の高質な紙に写し出された一枚の写真を指しながら、大内が旅の思い出を一つ一つ話してくれる。
彼の両親は旅行好きで、大内も子どもの頃からいろんなところへ足を運んできたらしい。一番お気に入りの写真を見せてと頼んだら、この海の写真を見せてくれた。パラオにある、観光客があまり足を伸ばさない小さな島から撮った写真だという。
「自分の性癖とか将来のこととか、いろんな事に悩んで落ちてた時期でさ。でもここへ行ったら、なんかこう、悩んでる事も含めて自分だと思えるようになって。ありのままの自分を認めてあげられるようになって、楽になったんだ。少なくとも、自分自身に嘘をついて無理はしなくなったかな。」
大内が優希の髪をそっと撫でていく。その仕草があまりに自然で、ささくれ立った心が少しずつ解れていく。
「だから優希にも、いつかそう思える日が来る事を俺は願ってるよ。今の優希は脆くて、危なっかしくて、壊れるんじゃないかって心配になる。」
大内の穏やかな低音は胸に沁みた。複雑絡まった虚勢の糸が解れて、肩から力が抜けた。
「ごめん、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだけど・・・。」
頬を伝った冷たいものを大内が手で拭ってくれて、初めて泣いていると自覚した。
大内が寄り沿って、そっと抱き締めてくれる。その温もりに安堵し、優希は大内の服を掴んでしがみ付いた。大内が一度優希の様子を伺うように顔を覗き込んで優しく微笑む。そして再び壊れ物を扱うように抱き締めてくれた。
顔に直接伝ってくる、静かで規則的な心臓の音が心地良い。誰かにこんな事をされたのが初めてで心拍数が上がってしまう自分とは違い、彼のそれはとても穏やかなリズムだった。スマートにできてしまう彼に慣れを感じたが、全く嫌ではなかった。むしろ安らぎを感じて目を瞑る。優希は久々に心が満たされていく感覚を味わった。
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駄目なのは最初からわかっている。けれど理性で理解していても、心がそこに伴うかは別問題なのだと思い知った。
兄弟でもない。男でもない。それだけで彼女たちは和希の隣りを堂々と陣取る。盗られた気分がしてしまう自分は、きっとどこか歪んでしまっているのだ。これ以上想いが募り、歯車が一つ狂えば、たちまち心ごと壊れてバラバラになってしまう。このまま頑張り続けることができるだろうか。
優希は棚の所定の位置へ一冊ずつ本を差し込んでいく。慎重に、そして丁寧に、溢れてしまいそうになる想いを仕舞い込んでいくように。最後の一冊を戻し終わって、そっと溜息をついた。
「優希、今日は元気ないね。」
大内が背後から声を掛けてきて、優希の肩にそっと手を置いた。和希と同じような背格好の大内は、一緒にいると落ち着く。性格も穏やかで雰囲気も柔らかい。一つ年が上なだけなのに、こんなにも違うものなのかと自分と比べて思ってしまう。
「少し休憩しよ。」
頬に触れた熱い塊はココアの缶だった。差し出されて戸惑っていると強引に握らされる。そしてそのまま背中を押され、カウンターの方へと促された。
あと三十分も経てば下校時刻になる。そんな図書室に他の生徒の姿はなかった。自習室は別に設けられているため、あまりここには生徒が寄り付かない。本好きな図書委員たちの憩いの場なのだ。
「弟くんと喧嘩でもした?」
そっと壊れ物を触るように、大内の指が優希の目元をなぞった。
力なく首を振ると、大内が口を開きかけて閉じる。そして優希の方に視線を据えたまま、しばらく黙り込んで何か考え込んだ。精査して彼が選んで発した言葉に心臓が止まりそうになる。
「和希くんの事が好きなんだろ?」
そんなに自分は露骨だったかと思い、嫌な汗が身体中から湧いてくる感覚がする。咄嗟に切り返せなかったことが、肯定しているも同然だ。狼狽えて上手い言い訳すら見つけられない自分は何て愚かだろう。
「ごめん、そうじゃなくて・・・。そんな怯えないで、優希。俺、自分が男しか恋愛対象にならないから何となくそういうのには聡くて。困らせるつもりはなかったんだ。ごめん。」
衝撃的なカミングアウトをされて、そっちに目が点になる。
「ちなみに優希に対してどうこう思ってるわけじゃないから安心して? 俺にも趣味ってもんがあるから。」
慌てておどけたふりをしてくれる大内の優しさに、ずっと一日張り詰めていた全身の力が一気に抜けた。優希が笑うと、大内もつられて小さく笑う。
「違うなら、ちゃんと否定しろよ?」
優希はもう迷うことはせず頷き返し、カウンターの背後にあるホワイトボードのペンを取る。
《和希が好き》
ホワイトボードの隅に小さく書いて、大内に見せる。書いてみると自分の気持ちはなんてシンプルだろうと思う。大内が頷いたので、跡形もなく文字を消す。
「随分、無謀な恋をしたんだな。」
大内の言う通りだったので肩を竦めて肯定した。
「優希、毎日泣く気?」
それは嫌だなと思いつつ、そうなりそうな予感に溜息しか出ない。
「話くらい聞くよ? 誰にも言えないのは辛いだろ? 俺も同じようなものだからさ。わかってあげられることも多いと思うし。」
弱くて臆病な自分は今、きっと相当情けない顔をしているだろう。けれど大内に醜態を晒しても尚、縋り付けるものなら何でも縋り付きたかった。
大内がこちらに手を伸ばしてきて、そっと優希の左手を取った。その手の温もりは、熱いくらいに感じたココアより、心の奥底から優希を温めてくれた。
今朝起きたら、優希の目が腫れていた。どうしたのと問うても首を弱々しく振るだけで何も教えてはくれない。明らかに泣いたと思われる痕跡は、和希の心を不穏にさせる。
昨夜リビングで一緒に勉強をしていた時は楽しそうにしていたはずだ。何があったのだろうかと当然疑問に思ってしまう。学校で嫌なことでもあったのだろうかと首を傾げる。しかしいくら考えても思い当たることはなかった。
気まずそうに目も合わせてくれず、ただ機械的に母の作った朝食を口の中に運んでいるように見える。飲み込む速度も遅く、考え事をしているのは明らかにだった。けれど優希から拒絶の空気をひしひしと感じるため、今問い詰めるのは時期ではないのだろう。
気にしないふりをして、学校へ行く準備を始めるために席を立つ。振り返ってこっそり見た優希の背中は小さく寂しげだった。
最悪一緒に行きたがらないかもしれないと思っていたが、いつものように背後にしがみ付いて自転車に跨ってきたので少し安堵する。片道が五分なのはいつもと変わりないはずなのに、今日纏う空気はやけに重い。学校に着いても尚、変わらず覇気がないのでやはり心配だった。
「優希、具合悪かったら無理するなよ?」
見上げてきた瞳が揺れて、一瞬泣くのではないかと思った。けれど予想に反して涙が溢れることはなく、優希は白い息を吐きながら一つ小さく頷いた。
「かずくん、おはよ。」
優希にもう一言二言気の利いた言葉でもかけようかと思った矢先、彼女の今野美月に捕まった。
「あ、ああ、おはよ。」
今野の姿を認めると優希の顔が無表情になり、背を向けて校舎の方へと歩いていこうとする。無性に引き留めたくなったが咄嗟に掛ける言葉も見付からず、その背中はすぐに遠くなり校舎の中へと消えていく。
「ねぇ、かずくん。今度の休み、かずくんの家に行きたいな。」
「ああ、別にいいけど。」
優希の不可解な態度が頭から離れなくて、今野の言葉に適当な相槌を打つ。
「ホント? やったぁ!」
今野の歓喜の声で自宅訪問を許してしまったことに気付く。彼女は喜んでくれているにもかかわらず、何故か苦い気持ちだけが和希の心を占めて暗い影を落とした。
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B L ♂ U N I O N
身を裂くような寒さが堪える師走。二人で一つの自転車に跨り、坂道を下っていく。学校から自転車で片道五分の道程は短いけれど、優希にとっては絶対に失いたくない時間だ。
和希の背中に身を委ねて、ほんの僅かな至福の時に浸る。温かく広い背中が大好きで、嫌な事があっても、これさえあればホッとできた。
和希には彼女がいる。小柄で可愛くて、短いスカートの中から細い足がすらっと伸びた同級生の女の子。付き合いたいと言われて付き合い始めたらしい。
中学時代までは告白されても断っていたのに、高校に入って以降、告白してくれた女の子とすでに二人付き合っている。今の子で三人目だ。異性に興味を持つ年頃で、それが普通の反応だろう。でも長続きしないところをみると、その子が好きというよりも、何となく興味を持って付き合ってみるだけのようだ。和希が女の子より優希を優先することが多いから、それを理解できない女の子たちは間もなく去っていく。だから今の子だって一緒だろう。一緒だと信じたかった。
前に座ってペダルを漕ぐ和希に腕を回してしがみ付く。急な坂道を振り落とされたくないから。スピードが出ている中で重心がずれたら危ないから・・・。色んな言い訳をしながら、和希にしがみ付く理由を探す。
二卵性双生児の優希と和希は似ても似つかない。身長は和希の方が一回り大きく長身で、バスケットで鍛えている身体は筋肉質だ。精悍な顔付きは多くの女の子の心を射止めるくらい整っている。
一方で優希は小柄で細身。今でこそ落ち着いたが、中性的な顔はからかわれる原因になることも多かった。
兄は優希で、弟が和希だったが、子どもの頃からお兄さんらしかったのは和希だ。ちょっとやんちゃだけれど、面倒見も良くて優しい。力も強くて、からかいの対象になりやすい優希を守ってくれた。精神的にもタフで努力家。優希にとって、本当に自慢の片割れ。そして同時に想いを寄せる相手だ。
どうして和希なのか。何故好きなのか。その起源をどこに求めて良いのかわからないほど、自然に、当たり前のように好きになっていた。好きになって、絶望して、それでもやっぱり好きな気持ちは膨れていく。いつかこの想いが弾けてしまわないか、この頃怖くて堪らない。
この想いが晒されてしまったら、和希は何を思うんだろう。今までのように優しく接してくれるだろうか。自分たちは距離の取り方がわからなくなって、仲良しの双子ではなくなるのだろうか。決して埋まらない溝を作って、もう戻れなくなるかもしれない。
だから言わないことにしている。どんなに辛くても、この距離を壊したくない。誰にも割って入ることのできない、双子という殻から自分たちを出さないために、今日も優希は好きという言葉を呑み込む。
白壁の建物に、小さな庭。沢田と表札の掛かる家の前で、今日も二人を乗せた自転車は止まった。
和希から身体を離すことを名残惜しく思う。離れた先から抱きつきたくなった。
冬空の下、生乾きの洗濯物を横目に家の中へと入る。
叶わないことを知っていても尚、優希はこの場所で二人の時を永遠に刻み続けられることを願う。けれど先ほどまで感じていた和希の温もりはすでに消えていた。
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大内と飲んでくるとメールがあった後、二時間も待たずに帰ってきた。こちらの不安を見透かすような早い帰宅に苦笑せざるを得ない。
大内は高校時代、優希と図書委員で二年間同じだった。ついでに進んだ大学も学部も同じだ。当時、失語症を患っていた優希の面倒をよく見てくれていて、その上二人は関係を持っていた時期がある。恋仲ではなくて、身体だけの関係。お互い実るはずのない恋をして慰めあっていたのだ。
当時、和希と優希は付き合っていない。浮気をしていたわけではないのだから、二人を責めることはできない。けれど頭でわかっていても、やはりどこか自分とは別の絆を感じてしまい嫉妬心が拭えない。情けないがそれが本心だった。
バスルームから出てきた優希が熱気を纏って色を撒く。わざと和希のパジャマを羽織り目の前に現れるものだから頭を抱えたくもなる。少しぶかぶかのパジャマは上気した肌を惜しげもなく晒す。こちらを煽るとわかってやっているから質が悪い。
「優希、ちゃんと着て。」
「やだ。」
「身体冷えるよ。」
「和希があっためてくれるから大丈夫。」
「明日仕事だろ?」
「やだ、したい・・・。」
強引に迫ればこっちが折れるものだと思っている。というか概ね正しいからこそ厄介なのだ。和希は大仰に溜息をついて、擦り寄ってくる身体を抱き締める。
「最後まではしないよ?」
「うん。」
自分の願いが聞き入れられたことに満足して、嬉しそうに大きな瞳が見上げてくる。この顔で強請られても固辞できる強靭な精神が時々欲しくなる。しかし自分には一生そんなものは身に付きそうにない。
身軽な兄を抱き上げて、今宵も濃密な時間を育みに寝室へと向かった。
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こんにちは。
無事、連休へ突入した朝霧です。
医療機関で働いているため、
連休前の駆け込み寺、
患者さんが多くヘロヘロになって午前の仕事を終えました。
みなさまのアクセス、ランキングボタンに今朝から励まされておりました。
いつもありがとうございます!!
わたしの住まい近郊は、この連休晴れそうです。
みなさまも良い休日をお過ごしください。
それでは!
管理人:朝霧とおる
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