*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
一つ一つ思い出を辿って、ラストイベントの線香花火を手にする。鼻を掠めていく火薬の匂いが懐かしい。線香花火をやったのは、あの日以来なのだ。
「和希より長く持っていられれば和希と別れないで済む、って願掛けしながらやったんだ。」
「そっか・・・。それで結果はどうだったの?」
「ちゃんと叶ったよ。僅差だったけど、俺の火の玉の方が長かった。息止めて必死だったんだ。」
苦笑して和希の顔を見上げると、穏やかな眼差しがこちらを見ていた。あの時抱いていた苦しさはもう胸の奥底に仕舞い込まれている。浮かび上がるのは懐かしさだけだ。
「優希、これから先、不安に思うことがあったら、ちゃんと俺に話して。一人で抱え込んだりしてほしくない。」
「うん。」
「頼ってよ。」
「今でも十分頼り過ぎてるけど・・・」
「我儘言ってくれないと、心配になる。」
「俺、ワガママ?」
「あれ? 自覚なかったの? 我儘言ってくれないと、落ち着かない。優希が優希じゃなくなる。」
「何それ。」
口を尖らせて抗議すると、和希が身体を震わせて笑い、線香花火の火の玉が地面に吸い込まれていった。
もう線香花火を見ても胸が締め付けられるほど切ない気持ちになることはないだろう。過去の自分を振り返って、少しセンチメンタルになるだけだ。
「また来たいな。」
「そうだね。」
働き盛りの男二人。なかなか休みは合わせられないけれど、時々立ち止まって振り返る時間が欲しい。そうすれば今の幸せを噛み締めて、多忙な日々を乗り越える活力を得られる。人は案外今ある幸せを見失いやすい。一緒にいられるのは当たり前ではない。それを忘れたくなかった。
「まだまだ終わらないね。」
山になっている線香花火を一瞥すると和希が呆れた顔を寄越す。
「多過ぎるんだよ・・・。」
そんな遣り取りすら嬉しくて、また一つ線香花火を手に取って、更けていく夜に火の玉を灯し続けた。
散々煽るようなことを仕掛けてきて、結局風呂に入ると突っぱねるものだから渋々手を離す。二人でのんびり入れるような広さでもない。いわゆるユニットバスだ。
「本当にマイペースなんだよなぁ・・・」
けれど振り回されても尚、可愛いと思ってしまうのだから自分も相当におめでたい頭をしているのだ。
風呂場から響いていたシャワーの音が止まって、優希の呼ぶ声がする。何かと思って覗けば、一緒に入れとごねてくる。こんな狭いところで営む失態だけは避けたい。嫌な予感しかしなくて早く上がるように言うと、今度は強引にカーテンの向こう側へと引っ張り込まれてシャツとズボンを剥ぎ取っていく。
「洗ってあげる。」
「自分で洗うよ。」
「嬉しくない?」
「・・・嬉しいから困るんだろ・・・」
「じゃあ、いっぱい困って。」
シャワーをかけられ、全身を泡だらけにされていく。最後、優希の手にペニスを包まれると自然に息を詰めてしまった。
「ッ・・・」
仕事が忙しくて、最近自分でもしていない。ましてや好きな人に直接刺激を与えられて、反応するなという方が無理だ。
「優希、そういう触り方されるとまずいから・・・」
「溜まってる?」
「ちょっと、優希・・・」
明らかに意図を持って扱き始めた手に、あっという間に嵩が増していく。もうベッドまでなんて言ってられない。先端からはだらしなく蜜が溢れ始め、強く擦られる度に腰を突き出して達してしまいそうになる。ここまで高められてしまうと、意識は熱を出すことに一直線だ。
「はぁッ・・・ぁ・・・」
天を仰いで目を固く瞑っていると、シャワーの湯に全身を清められていく。少しホッとして強張った肩の力を抜いたら、急に生温かいものに硬茎が包まれて慌てて目を見開く。
「優希ッ、待って・・・」
小さな口いっぱいに和希のペニスを頬張って、吸い上げてくる。腰が砕けそうなほどの快感が這い上がってきて、すぐにでも放ってしまいたくなる。今まで口で奉仕させたことはなかった。
蜜を零し続ける先端の口をこじ開けるように舌が突き、搾り取るように吸い上げられる。上手いのかどうかはわからないけれど、愛らしい顔と卑猥なその動きのギャップに痛いくらいに張り詰めていく。先端に舌が絡み付いた瞬間、もうこれ以上は耐えられそうになくて、声を上げた。
「ぁ・・・もう、出るッ・・・」
熱が硬茎を上がってくる。強引に彼の肩を押しやって引き剥がしても間に合わなくて、優希の顔に白濁の蜜がたっぷりと飛び散る。真っ白になった頭と荒い息。小刻みに射精の続く間、優希が丹念に扱いて放出を促してくれる。震える身体もそのままに、抗わず呆然とその光景を眺めた。
「和希、いっぱい出たね。」
「・・・ホント、勘弁してよ・・・」
抱いて極まりたかったという和希の心の声が聞こえたかのように、優希が口を突く。
「だっていきなりこの状態でセックスしたら、俺壊れちゃう。和希に抱いてもらったのが最後なのに。」
「強引なんだよ、もう・・・」
シャワーの湯で精液で塗れてしまった優希の顔を綺麗にしていく。これ以上は主導権を渡したくなくて、優希を抱え上げる。けれど嬉しそうに首に腕を回してきた優希の顔を見て、やはり一生敵いそうにないと悟った。
前日の夜、翌日の来客リストを確認するのは日課だ。お得意様の場合、好みも把握していて、場合によってはメニューを変更することもある。間違えを防ぐためフルネームで名前を尋ねる決まりになっているため、サワダユウキの名を見つけて心臓が飛び跳ねたのは言うまでもない。
両親から知らせを受けて試験に合格したことも卒業式の日程も入手していたけれど、本人から何もアクションがなかったのでやきもきしていた。
あの頃と変わらず恋しく思っているのは自分だけで、優希は別の人に心を奪われているかもしれないなどと余計なことを考えた。自分の足で立って生活してきた自信は、誰にも渡したくないという独占欲にも繋がった。会わずにこの六年を耐えたのは、物理的な距離と拘束時間があったからこそで、自分の意志とはあまり関係がない。
だから名前を見つけた時、約束を果たしてくれようとしている意思を感じ、一つの区切りを迎えようとしている安堵で肩の力が抜けた。
「今日は妙に張り切ってるな、沢田。」
浮き足立つ心は身体に滲み出るものなのかもしれない。料理長の茶化すような声に苦笑いを返す。
「ずっと会いたかった人が、来るかもしれないんです。」
「なんだ、彼女でも来るのか?」
六年も情を確かめることもなく恋人面はしがたいが、心の中での優希の立ち位置は変わっていない。
「ちょっと違うけど、似たようなものです。俺の片割れ。」
「片割れ?」
「双子の兄です。」
「へぇ。おまえ、双子なのか。来てくれるなんて、仲が良いんだな。ま、今日のパスタも頑張ってくれよ。今年の春の看板メニューだからな。」
「はい。」
料理長の威勢の良い号令が厨房に響き、今朝も《mare~マーレ~》は活気に溢れている。今日という日が自分の人生に彩りを添えてくれることを願い、和希は自分の持ち場に挑んだ。
料理長に事情を話し、ディナーの担当を終えた後、和希は例のサワダユウキの席へと足を向ける。名前を見てほぼ確信はしていても、その姿を見るまでは俄かに信じ難かった。目に飛び込んできた予想を裏切らない彼の姿に胸がいっぱいになる。
「いらっしゃいませ。」
驚かせるつもりはなかったけれど、声を失って目を見開いてくれた優希に満足する。自分の仕事のテリトリーに優希が初めてやってくる感覚は不思議なものだった。そして愛らしい容姿のままの彼が所作だけは大人になっていることに笑ってしまう。本人は至って真剣だろう。
一方、和希自身は相当変わった自覚がある。久々に会う人たちにはことごとく指摘されるからだ。誰の求める姿でもなく、優希が求める姿になれていることを願うばかりだった。
「優希、久しぶり。」
二人の間で止まっていた時間が静かに回り始める。黙ったまま見開かれた瞳には、ちゃんと自分の姿が映り込んでいた。その瞳が少し潤んで揺れたので、泣きそうになっているんだと気付く。昔ならそのまま泣き出していただろうけれど、茶化すと少し恥ずかしそうな顔を寄越した。離れた時間が二人を逞しくさせたのだと和希は思った。
優希と仕事終わりに会う約束を取り付ける。仕事は厨房での掃除を残すのみだ。
浮き足立った心を幾度も宥め、緩みそうになる顔を引き締めて、和希はその日の仕事を終えた。
電話もメールも手紙一つ来ない事に落胆し、連絡を断とうと言ってしまった自分を呪いたくなる。和希は見事に連絡を寄越さなかった。
時々連絡なんて来てしまったら恋しくなるに決まっている。耐えられそうになくて、優希の方から卒業するまで連絡をし合うのは止めようと言ったのだ。
けれど夏にイタリアへ渡った後、新年に両親へニューイヤーカードを送ってきたきり音沙汰ないことに落ち込む。かといって、あちらで頑張っている和希に水を差すようなことは憚られて、自分から連絡をする気にもなれない。和希の潔さに泣きたくなった。
「頑張ってるってことだよ。」
大内に愚痴を聞いてもらうのも恒例となりつつあり、彼の優しさにつけ込んで発散し、苦笑されることの繰り返しだ。
大内とは学年が違うけれど大学も学部も一緒なので、会おうと思えばいつでも会える。和希との事情も明かしてしまっているし、勉強の話もしやすい。高校時代よりも更に距離は近くなっていた。
「優希は甘えん坊だから。」
事あるごとに大内はそう言ってからかってくる。
「でも、寂しいからって他の人で埋めようとするなよ。余計虚しくなるだけだから。」
「わかってます・・・」
「わかってなさそうだから言ってるんだけど?」
「先輩、酷い・・・」
迫った前科があるだけに耳が痛い。毎度釘を刺されても心がふわふわ漂っていきそうになるのは事実だった。優しい人には寄り掛りたくなり、甘えたくなる。綱渡りのような恋に疲弊しているのも否定できない。
「でも・・・好きなんです・・・。」
「知ってるよ。だけど今は他にやらなきゃいけない事ちゃんとやれよ。ぐずぐずしてたら、いざ弟くんと会った時呆れられるぞ。」
「それは嫌だな・・・。」
「なら、目の前にある事を一所懸命やるしかないだろ。」
「・・・はい。」
流されて適当に同調したりしない大内のこういうところに好感を持っている。落ちている時には大内に叱咤して欲しくなるのだ。そして懲りずに何度も叱られる。引き際もわかっているから居心地も良い。高校時代から甘えっぱなしで現在に至る。この関係は一生変わらないだろう。
「堂々と会いに行きたいから、頑張る。」
「おまえ、一週間前も同じこと言って納得してたはずなんだけどな。」
大内に笑い飛ばされて、心に燻っていた小さな火は再び消えていく。こういう日を繰り返して大学卒業までの六年という月日を過ごすのかなと漠然と思う。気持ちを吐露できる相手がいるうちはきっと大丈夫。寂しさにつけ入れられることもないだろう。
次の講義に向かうため、大内とは食堂で別れを告げる。見上げた空は雲一つなく快晴だった。和希も同じ空を見て、自分のことを思ってくれる日があればいいのに・・・。遠い異国の地で頑張る和希に笑われないように、寂しがり屋の自分を封印する力が欲しいと空に願った。
優希を抱いて、やっぱり好きなんだと心から思う。けれど実感すればするほど、決意しなければいけないのだと自分に言い聞かせた。
春からお世話になるイタリアンレストラン。そこの料理長のつてで、イタリアに修業に行ってはどうかと打診されていた。言葉も文化も違う地にたった一人で乗り込むのは並大抵の決心では行く意味もなくなる。けれど生半可な気持ちで抱いた夢ではないし、腕一本で食べていきたいと本気で思っている。胸を張ってこれが自分だと言えるものが男として欲しい。
置いていくわけじゃない。捨てるわけじゃない。ちゃんと二人の未来を見たいから、今、離れる時間が必要なんだと折れそうな心を叱咤する。
優希が哀しげな目で見つめ返してくるから、睦言の言葉を裏切って離れようとしていることが悟られているのだと苦々しい気持ちになった。
「優希、聞いて。」
「・・・うん。」
「優希が卒業するまで・・・会うのをやめよう。」
「・・・。」
呼吸を止めたみたいに優希が身動き一つしなくなる。沈黙が怖くなり、必死にその隙間を埋めるように言葉を絞り出していく。
「・・・自分のために時間を使おう。もっと広く世界を見て、そうしたら・・・」
「ウソつき。」
キッと睨んだのは一瞬で、すぐに落ちた視線が俯いたまま起き上がってこない。間もなくフローリングを濡らし始めた雫と小さな嗚咽で、優希が泣いていることがわかった。返す言葉もなく、かといって抱き締めたい衝動に従って良いものかもわからなかった。
「・・・ッ・・・わかってる・・・ちゃんと、わかってる・・・」
「優希・・・」
「このままで、いたら・・・何にも見えなくなって、和希しかいらなくなる。それじゃ、ダメなの、わかってる。でも・・・何で会うのもダメ?」
泣いているわりには感情的でない優希に安堵して、ようやく伝える決心をした。
「俺、イタリアへ修業しに行くよ。」
「・・・え?」
家を出る前日にこんな事を言われて、唐突過ぎて頭に入ってこないのだろう。暫し目を瞬いて呆然としていた。
「料理長に行っておいで、って言われてて。料理人としても勿論だけど・・・人としてちゃんと一人前になりたいんだ。」
優希と会えない場所に行けば、雑念も薄れて仕事に没頭せざるを得ないだろう。言葉や文化の壁に四苦八苦して、きっとそれどころじゃなくなる。
「優希から、逃げたいだけかもしれない。」
「・・・。」
「俺も優希も、まだお互いのことを背負いきれるほど大人じゃないよ。自分のことすら満足にできないのに・・・」
「・・・うん」
「強くなりたい。」
「うん。」
「大学卒業したら会いに来て。それまでには日本に戻ってくるから。」
「・・・ッ・・・和希のバカッ・・・長過ぎるよ・・・」
脇目も振らず優希が泣き始めたので焦る。同じ階の別室で、すでに両親が寝入っているからだ。
今度は迷わず抱擁して、優希を宥めることに専念する。自分との別れを純粋に悲しんで泣いてくれる優希が愛おしい。そして、こんな風に感情を晒け出せる優希を少し羨ましくも思った。
「和希・・・大好き・・・」
この歳で泣いても可愛いと思えることが驚愕だ。惚れた弱みというのは恐ろしい。擦り寄って悲しみを全身で訴えかけてくる優希は幼気な子どものようで、酷な事を強いているような気にさせられる。
実家で過ごす最後の夜。泣かせたことを悔いて、泣いてくれたことを喜ぶ自分を知った。優希と二人、朝まで寄り添い、気の済むまで二人の思い出に浸った。
長いこと電車に揺られ窓の外の景色に目を奪われていると、自分の存在がひどく非現実的に思える。
二人で両親に嘘をついた。嘘をつくのは初めてではないけれど、子どもの悪巧みとはワケが違う。こんなにハラハラして家を出たのは間違えなく生まれて初めてだ。
自分たちのことを誰も知らない遥か遠くへ来て、二人だけの世界に身を委ねる。目の前の広大な海の景色とは裏腹に、心の中は優希一色になって極限まで心の視界は閉じた。
両親には同級生たちみんなで出掛けると嘘をついて出てきた。夏休み前から計画を練って、あえて遊泳禁止の寂れた海辺の街を選んだ。言い出したのは優希で、和希が海辺の民宿に電話をした。今日から二泊三日、二人きり。高揚感で胸がいっぱいなのを、どうにも抑えきれない。
「かずき、まだつかない?」
「もうすぐだよ。時刻表通りなら、あと五分もかからない。」
まだ着かないかと幼子のように何度も尋ねてくる優希が可笑しくて、つい笑みが溢れてしまう。
優希が話せるようになって、早半年。随分とお喋りが過ぎて、両親は呆れているほどだ。家の中が途端に賑やかになった。そして性格も幾分か明るくなった気がする。
「かずき、まだ?」
楽しみで仕方がないと、その興奮度合いを全身で表現する姿に、和希はついに吹き出して笑う。そして間もなく小さな駅のプラットホームが海の景色を遮って、到着を告げた。
「かずき、はやく!」
飛び出すように車内を出て和希に手招きをする。ホームに降り立った途端、潮の香りが鼻を掠めていく。遠くへ来たのだな、と改めて実感する。
「先に荷物、置きに行こうか。」
「うん!」
知っている者の目がないという事実は思いの外、心を軽くしてくれる。何の憂いもなく優希に微笑み返して、和希も軽快な足取りで海辺の街への一歩を踏み出した。
予約した民宿は駅と海を繋ぐ一本道のちょうど真ん中辺りに位置していた。老婆とその娘夫婦が営む民宿は、こじんまりとした佇まいで、家族の温もり溢れる昔ながらの民宿だった。二人の家は今どきの核家族。この民宿を包む雰囲気は和希たちにとって新鮮なものだった。
「お世話になります。」
二人で頭を下げると、老婆が快く迎え入れてくれて、その後娘さんが部屋まで案内してくれた。隣部屋は空いているらしい。お盆前までは賑やかだったが、夏休みも終わりに近付き、街は閑散としているという。和希と優希の狙い通りといえば狙い通り。しかし静かなのも少し寂しいなと贅沢なことを思ってしまう。
「かずき、ゆっくりできるね。よる、はなびしようね。」
小学生の遠足かと思うほど、カバンにお菓子やら花火やらをたくさん詰めてきた優希。本来呆れるところだろうけど、それだけ自分と旅行に来ることを楽しみにしていてくれたのかと思うと、自然に頬も緩む。
「優希」
呼んで振り向いた顔に寄って、彼の隙を突いてキスをする。サッと染めた頬が嬉しそうにはにかむのが愛らしかった。
「きょうは、ずっといっしょ。」
「明日も。」
「うん。」
もう一度キスをして身体を離すと、名残惜しそうに視線が追ってきた。けれど昼間から盛るのも少々気が引ける。
「せっかく来たんだし、海まで行こうよ。」
甘い空気を少し強引に裂き、優希を立たせて部屋を出る。優希も気恥ずかしそうにしながら和希の手を取った。
夕飯は民宿の若旦那が気を利かせてバーベキューのセットを引っ張り出し、海で採れた新鮮な魚介類を豪快に目の前で焼いてくれた。
「かずき、ずるい。それ、さっきもたべてた・・・」
今まさに海老を口に運ぼうとしていたら、恨みがましい目で優希が海老を見つめてくる。優希の分を奪ったつもりはなかったのだけれど、自分のペースで平らげていたら、いつの間にか彼の領域にも手を出していたらしい。
「悪かった。わざとじゃないからな?」
ここまで来て優希に臍を曲げられたら堪らないので、慌てて海老を彼の前に差し出す。ついでに優希の好物である貝も差し出しご機嫌取りに走る。
「くれるの?」
「あげるよ。」
「・・・ありがと。」
嬉しそうに目を輝かせ、皿と和希の顔を交互に見る。和希は機嫌を損ねないでくれたことに心底ホッとし、胸を撫で下ろした。
「お二人さん。そういえば花火やるって言ってたよな?」
「はい。どこかやれる場所、ありますか?」
「音がしないやつなら、ここでやってもらって構わないよ。海辺の方は風が強くて危ねぇから。」
「いいんですか?」
優希が大量に線香花火を持ち込んでいたことを思い出し、若旦那に礼を言ってお言葉に甘えさせてもらうことにする。強い海風に吹かれては、線香花火などひとたまりもないだろう。
「優希、良かったな。」
貝を口いっぱいに頬張り、優希が嬉しそうに頷き返してくる。ここへ来てから解放感溢れる笑みを量産してくれる彼に、ここへ来て本当に良かったと心から思った。
午後になって腰の痛みはだいぶ引いたけれど、下半身に何か留まっているような違和感は依然として消えない。結局重い身体に嘘はつけず、保健室へ足を向けた。
「いずみせんせい、おなかいたい・・・。」
「腹? 下してはいないのか?」
「ちょっとだけ。」
腰ほどではないけれど、実はお腹の調子も少し悪かった。和希が少し中で出してしまったらしく、気付かず洗い流さなかったからだ。大内とした時はコンドームを着けてくれていたから、こういう事態は回避していた。頭が回っていなかった自分と違い、大内は冷静だったのだなとこんなところでも気付かされる。
「熱は? 一応計っておけ。」
「はい。」
和泉の前に重い腰を下ろして、促されるまま素直に体温計を受け取る。ジッと何かを見定めるような和泉の視線を不思議に思ったが、彼の発した言葉に凍りつく。
「男としただろ?」
「ッ・・・。」
「沢田、責めてるわけじゃない。誰かに強引にされたわけじゃないんだな?」
「・・・。」
頭が真っ白になりかけたけれど、和泉の目があまりに真剣だったので心配させているのだと気付く。辛うじて首を横へ振った。
「そうか。ならいいんだ。」
「なんで・・・」
「その歩き方で腹痛とくれば相場は決まってる。大人を舐めるなよ。」
体温計の計測終了音が鳴って和泉に手渡す。
「熱はないな。どうせ碌に動けないんだろうから休んでいけ。次の時間は体育か?」
「はい。」
「担任には適当に言っておくから。ベッド使え。」
「はい・・・。」
頭を無造作に撫で回されて、気まずさが少し和らぐ。そして和泉はそれ以上何も言わなかった。
ベッドに横になり窓の外を見遣ると、クラスメイトたちが校庭で走り込みをしている。三クラスの男子が合同だから大所帯だ。それでも和希の姿はすぐに見つかる。
長いストライドで足を運び、筋肉質な線が美しく伸びていく。男として少し物足りない自分とは全く違う体躯がそこにはある。優しくて、強くて、自分にないものを持っているその身体。心ごと全てが欲しい。欲張りだとわかっていても、一度叶えばもっと欲しくなる。
この窓のある方へ視線を寄越してくれないかな、と念を送る。校庭を何周かして、先生の合図で皆が足を止めた時、その想いが届いたかのように、同じく足を止めた和希がこちらに視線を寄越した。たったそれだけの事が嬉しい。ジッとこちらを見据えていた視線は、集合の掛け声と共に去ってしまっても、気に掛けてくれている想いが伝わって心は満たされる。
明日も明後日も、そしてずっと遠い未来も今日の日のようであって欲しいと願いながら、優希は校庭で戯れる人影を見続けた。
和希に追随し、結局優希もインフルエンザの脅威の前に倒れ、丸一週間、沢田家の双子はインフルエンザの猛威に晒される羽目になった。母には呆れられたが、優希本人は実に満たされた気分で寝込んだ。
「優希、具合は?」
先に和希の方が治り、優希も今日から登校できる。和希の問いかけに、大丈夫と答えてベッドから起き上がった。
「きょう、かずきといく。」
「行きだけじゃなくて、帰りも一緒に帰りたい。」
そっと抱き締められて、好きだと言ってもらえたのが夢ではないことを改めて知る。嬉しくて和希に擦り寄った。
「優希、なんだか猫みたい。」
「かわいい?」
頭一つ高い和希を見上げて問う。笑われても呆れられてもいいから、甘えたかった。
「可愛い、って言われて嬉しいの?」
「かずきがいうのは、うれしい・・・。」
今の自分なら、バカだと言われても嬉しいだろう。それくらいのぼせ上がっているし、浮かれてもいる。和希は若干呆れ顔で優希の頬を引っ張ってくる。こういう他愛ないことが嬉しいのだと、和希はわかっているだろうか。
「ほら、支度して、朝ごはん食べて行こう。」
寒空の下、しがみ付いて乗る自転車にもう切なさは感じない。その温もりを胸いっぱいに吸い込んで、心ごと満たされていく自分を感じた。
放課後、図書室で大内の顔を見て、浮かれ気分が急速に冷めていくのを感じたが、事の顛末を話したら苦笑されただけだった。むしろこれからが綱渡りだよ、と諭される。
「まぁ、それはいいとして・・・。俺と寝たことで揉めたりするなよ。」
大内につられて優希も苦笑いをする。その事を忘れていたわけではないが、少々頭が痛いのも事実だ。
「ほんとうのこと、いったほうがいいかな・・・。」
「優希の思うようにしなよ。本当のことを言えば良いってものでもない気はするけどさ。弟くんとしては知らない方が良いかもよ?」
でも任せるよ、と大内の手が頭を軽く撫でていく。この手に抱かれて安堵した日があったことを、この先も忘れることはないだろう。和希に抱く激流のような熱情とは違う、穏やかな好意。和希という存在がいなかったら、この人を好きになることもあったのかなと頭の片隅で思う。口には出さない。大内もそれをわかってくれているような気がした。
「キスはしなくて良かっただろ?」
茶化すように言ってくれる大内に優しさを有り難く受け取る。
「俺も頑張ろうかな。」
大内がどんな恋をしていて、誰を想っているのか、詳しい事を話してくれないからわからない。けれどその恋が実ってくれるといいなと少し寂しそうな横顔を見て思わずにはいられなかった。