気持ちが薄れていくものなら楽なんだと思う。でもその姿が視界にあればずっと目で追いかけて、いなければ瞼の奥で和希を想う。手の届く距離なら触れたくなり、抱き締めて欲しくなる。一つになって想いを確かめ合えば胸がいっぱいになった。
明日、和希は家を出て行く。両親は早くから社会人として世に出ようとする和希のことを誇りにしている。高学歴であっても職にありつけない昨今、高校を出たばかりの身で未来を見据え、地に足を付けて頑張ろうとしている息子は頼もしいだろう。
一方の優希は希望の医学部に無事合格してから後も机に齧り付いていた。和希がこの家からいなくなってしまう寂しさに押し潰されそうで、気を紛らわせたくて必死だった。
だって自分には勉強しかない。和希のように器用でもないし、大して社交的でもない。高校時代やってきた事と言えば、真面目に勉学に励み、失語症を克服するためのトレーニングを重ねる淡々とした日々。その単調な日常に唯一色を添えていたのは和希の存在だった。
日々のことに情熱的でいられたのは和希がいたからだ。自分から和希を取ったら、とてもつまらない人間になってしまう。人を好きになることがこんなにも心揺さぶり、想われることがこんなにも心に彩りを添える。自分の世界は和希中心に回っていて、明日からその核となる部分がごっそり目の前からなくなってしまう。
なんで和希は淡々と前を向いていられるんだろう。自分一人取り残されているように思える。睦言で何処にも行かないと言ってくれた。でも実際は自分の下を離れてしまうではないか。
「ウソつき・・・」
余所見しないよ、という意味なのはわかっている。でも物理的な距離は、間違えだらけのこの恋には手強過ぎる。男同士、しかも兄弟で恋愛だなんて、どれだけ禁忌を重ねれば気が済むのかと、全てのものから見放されてもおかしくない。
卒業式、二人で頬を寄せ合い画面いっぱいに収まって写真を撮った。誰にも内緒で二人きり。同級生や下級生たちに囲まれていた和希を根気強く待って撮った。制服姿で写真に収まるのはこれで最後。もしかしたらこの恋も卒業という節目が変えてしまうかもしれない。
和希と心を通わせてしまってから二年と少し。幸せだと思う瞬間が確かにあった。好きな人の唇が自分の唇に重なり、何度も身体を繋いだ。けれど人目を忍ぶことが苦でなかったわけではない。
街ですれ違う恋人のように、自分たちは手を繋げない。抱きしめ合ったりキスをするなんてもってのほかだ。唯一、大内だけにはバレているけれど、彼のように理解ある人ばかりではない。しかも兄弟でなんて、絶対に言えない。
和希を引きずり込んだのは自分だ。自分が和希をこんなにも好きにならなければ、何のきっかけも生まれることなく思春期特有の不安定さの中に掻き消えただろう。
和希を解放してあげるべきだと思う一方で、そんな事をするつもりが毛頭ない自分に気付いている。
終わりにしよう、と言おうと思った。何度も決心し、結局今日というこの日も言えなかった。抱かれて喘いで満たされる自分に嘘がつけなかった。手放すくらいなら、いっそ殺してしまいたい。それくらいの熱が自分の中に滾っている。
どうして和希なんだろう、と自分に問う。和希に気持ちを隠していた頃にも思っていた事を、また考える日がやって来るとは思っていなかった。
「優希、まだ起きてる?」
ノックの音とドア越しに聞こえてきた控えめな和希の声に一瞬怯む。両親が帰ってきたタイミングで寝てしまえば良かったと後悔する。今、和希と顔を合わせて平静を保つ自信がない。躊躇っているうちに、こちらの様子を伺うようにそっとドアが開く。
「ごめん、もう寝るところだった? 少し話したいんだけどいい?」
こちらに尋ねている割には有無を言わせない言い方だった。いつも優希の意思を一番に慮ってくれる和希にしては珍しい。
「優希に・・・お願いがあるんだ。」
和希の目に何らかの決意が宿っていて、その決意が自分の望むものではないことを直感的に悟る。優希はぎゅっと拳を握り締めて、和希の口から語られる言葉を待った。
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朝霧とおる
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