独占欲より理性を優先させたのは、連れ込んだ罪悪感が少なからずあったからだ。
「永井さん。急ぎの連絡ではないですか?」
車内にいる時から永井の鞄からバイブレーションが響く音には気付いていたが、永井が気付かないことをいいことに無視を決め込んでいた。しかししつこい催促に、もしや仕事のトラブルかもしれないと心配になり、さすがに放っておけなくなったのだ。
すみませんと申し訳なさそうな顔が画面を見た瞬間に硬直したので、宮小路は永井の顔を覗き込む流れで画面に目を落とす。非通知着信が列を成す携帯電話を永井の手から取り上げたのは、自分の与り知らぬところでそれなりに事態が芳しくない方向に動いていることを察知したからだ。これは様々な人種と会ってきた宮小路なりの勘だ。
「あ……」
頼りない不安そうな目で永井が携帯電話と宮小路を交互に見上げてくる。
「永井さん。これはいつからですか?」
「えっと……」
「今日が初めてでしょうか。それとも、もう何度も?」
「は、初めてでは、ない、です……」
「でも最近?」
「……はい。でも、それだけですし……。」
つけ狙う輩がいることを伝えて危害が及ぶ可能性を訴えたいものの、伝えるためには宮小路も永井に黙って尾行したことを言わなくてはならない。信頼を勝ち取っているとは言い難い状況で、自分の行動は永井に受け入れられないかもしれない。執着を煙たがられたら最悪だ。
「永井さん。ただの悪戯かもしれませんし、あなたに危害を加える気かもしれない。それは、わからないわけですよね?」
「悪戯ですよ、きっと。」
「私は心配で堪りません。」
「大袈裟です。」
意固地になられたら厄介だと思いつつ、永井をソファへ座らせる。
「こんな事をする人に心当たりは?」
「ありません。」
「私はありますよ。」
「え……?」
「現に私だってあなたの虜です。」
「そ、それは、宮小路さんは、変わって、ます、から……」
永井がしどろもどろになり、落ち着きなく目を泳がせる。宮小路が核心から話を逸らしたことには気付いていないようだった。
「怖い思いをしないに越したことはないでしょう?」
押し黙って考え始めた永井に言葉を畳みかけたのは、彼が納得しようとしまいと、宮小路の勢いに負けて頷いてくれることを期待してのことだ。
「朝と夜、永井さんのところへ伺います。これは私の勝手です。永井さんが気に病む必要は全くありません。」
「でも……私は男ですし……」
「私からしてみたら、男か女かは関係ありません。あくまで迎えが必要ないと仰るなら、私の車を素通りしてくださって構いませんよ。そのくらいの事で私の愛は醒めません。」
「ズルいです。そんなの……」
「少しでもあなたとの時間を作りたくて必死ですから。」
考えておいてと囁いて、永井からの返事を聞く前に唇を塞ぐ。つまらないストーカーに時間を割くのはここまでだ。せっかく永井を安全に連れ帰ったのだから、彼の身体を隈なく愛でて気張った心を一刻も早く溶かしたい。なにも身体を繋ぐセックスだけが永井を愛する方法ではない。ちょっとした肌の触れ合いだけで肩の力を抜き心を解き放つことはできる。今夜はバスタブで互いの身体を解し、涼しい部屋で安眠を捧げることに徹しようと思っている。週の半ばで永井を疲れさせるのは宮小路とて本望ではないのだ。
「あ、あの……」
「大丈夫。気持ちいいことだけしましょう。一応これでも反省しているんですよ。だから、ね?」
押し切れば結局宮小路の意見を呑むことを知っている。永井は心根が優しく諍いを嫌うからだ。
抱き上げた途端、永井はすっかり大人しくなってしまう。宮小路はその事に気を良くして、バスルームへ嬉々として向かった。
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朝霧とおる