物が極端に少ない上に綺麗に使っているのが伺えて、男の独り暮らしの住まいには到底見えない。高校生の頃はもう少し部屋も雑多な雰囲気があった。本当に寝起きだけをする部屋なのだな、という雰囲気だ。
和希のアパートは勤務先のレストランの目と鼻の先にあった。時間を潰していたカフェよりも近距離だ。築十年のアパートをレストランの経営者が借り上げてくれているらしく、家賃も破格だとか。同じアパートにはレストランの従業員も何人かいるらしい。
促されるまま上がり込み、所在なさげにうろうろしていると、ベッドを指差される。椅子もテーブルもないから座るならそこなのだろうけど、少し躊躇し、迷った挙句ベッドに背を預けて床に座り込んだ。
久々に会って、大人になってしまった和希に自分は情けなく映っていないか心配になる。和希を前にすると、自分なんか頼り甲斐とは生涯無縁になりそうだから尚更だった。
「優希、緊張してる?」
二人分のカップを両手に持って和希が近付いてくる。その足音と共に心臓が大きく打って、和希から目が離せなくなった。久々に会えて喜んでいる自分を悟られるのが気恥ずかしい。でもそんな事がどうでも良くなるほどに彼の姿をずっと目に焼き付けたかった。会わずにいた六年分を取り戻すにはまだまだ足りない。
「和希・・・」
「ん?」
「・・・会いたかった。」
「うん、俺も。」
「ホント?」
返事の代わりに、ゆっくり和希の顔が近付いてきて唇が重なった。ふわりと掠めるだけの優しい口付けだった。
受け取ったカップを床に放置して、今度は優希から唇を奪いにいく。あんな優しいキスじゃ物足りない。もっと貪欲に自分を欲してほしいのに。そんな情緒の欠片もないことを思う。
「んッ・・・」
「・・・優希、会っていきなり、これ?」
和希の揶揄う声と求める自分との差に切なくなって泣けてくる。
「泣き虫なのは、変わらないな。」
小さく和希が笑って、大きな腕で抱き締めてくれる。覚えのある和希の香りと、厨房で染み付いた上品で芳ばしい香りが胸いっぱいに広がる。和希の胸に額を預けてひとしきり泣いた。やっぱり彼の腕の中は心地良くて、安心する。この温もりが恋しくて仕方がなかったのだと再認識する。よく六年も我慢できたと我ながら思った。
「せっかく会えたんだから、泣いてばっかりいないで笑ってよ、優希。」
宥めるように和希の指が髪を梳き、たくさんの口付けが降ってくる。和希が触れたところから気持ちが凪いでいき、やがて安堵の息をついて和希を見上げた。
「優希、その顔はダメだって・・・」
どんな顔をしているんだろう。劣情が漏れ伝わっているのかもしれない。けれど応えてほしくて会いに来たのだから、何の不都合もない。
「明日も仕事だから、ダメ?」
「今したら・・・止まらなくなりそう・・・」
「それでもいいよ。明日、一日中和希のベッドの中にいるから。まだ社会人じゃない特権。」
寝不足になりそうだな、と和希が耳元で笑う。くすぐったくて甘い空気がそのまま二人を包んでいった。
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朝霧とおる
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