目が覚めるまで生きた心地がしなくて、心臓を掴まれたように苦しかった。不安が不安を呼んで、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと、治療を終えた和希の側で彼の名を呼び続けた。心で叫んでいるつもりが、いつの間にか口から溢れて声になって出ていた。
インフルエンザと軽い脱水症状。和希の状態を説明されても、この目でその目覚めを確認するまでは、絶対に側を離れたくない。その祈りが届くように固く閉じた瞼が動いた時、全身から力が抜けてしまった。
今まで声を発することを拒んでいた自分の喉がようやく改善したこと、和希の瞳に自分が映ってくれたこと、一つ一つ事態が好転したことで、そのまま勢いに任せて溢れ出てきた心の声を和希に伝えたくなった。
駄目なのは最初からわかっている。でも明日、和希がいなくなるかもしれない。自分の身に何か起きるかもしれない。言わなかったら、きっと後悔すると思った。やらない後悔をするより、やって後悔をしろとはよく言うけれど、本当の意味でその言葉の意味を理解した気がする。
避けられたくなくて尻込みしていた自分。言わなければ何も変わらないと思っていたけれど、時を重ねて変わらずにある関係なんてこの世にどれだけあるのだろう。兄弟として和希の側にいたって、和希の隣りに自分でない誰かがいたら、嫉妬せずにはいられない。同じ様になんて振舞えない。態度を変えていく優希に、和希はきっと戸惑うはずだ。現に僅かな交際期間しかなかった今野の時ですら、そうだったのだから。
このままでいたい。でもこのままではいられない。だから想いを伝えてしまえば、受け入れてもらえなくても、変わってしまう自分を理解してくれるのではないかと思う。ちゃんと伝えて決別したい。
点滴を一晩打って、ぐっすり寝たらしい和希は、まだ熱があるものの憑き物が落ちたようなスッキリした面持ちだった。母が受付で会計を済ませている間、二人で送迎タクシーの中で待つ。
「かずき。いえで、はなしたい。」
声は出るけれど、まだ上手く舌が回らず、声量も安定しない。それでも言葉一つ一つに想いを織り込むように言葉を発していく。
「ああ、昨日話したかったこと?俺も聞きたいことある。何で声出るようになったの?」
「かずきの、おかげ。」
「俺のおかげ?俺、何もしてないと思うけど。」
「ううん。かずきの、おかげ。」
笑顔で答えた優希の顔を不思議そうに覗き込んで、和希が首を傾げる。
九つだった、あの日。広い公園の暗がりで、和希の名を呼ぶ自分の声は、大きな恐ろしい手に封じ込められてしまった。けれどその声は七年後ちゃんと和希の耳に届いて、自分のもとへ戻ってきてくれた。今はもうそれだけで十分だった。
タクシーの後部座席で二人並んで和希の左手に自分の右手を重ねる。和希が少しだけ驚いた顔をしたけれど振り払うようなことはなかった。少しだけ鼓動が早く打ち始めて、頬も熱くなっていく。しかしそんな自分に気付かぬふりをして窓の外を見遣る。そして家に着くまでずっとその手を握り続けた。
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朝霧とおる
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