王宮にこもっていることが多かった分、足が鈍っているように思う。世羅が心配してあれこれ世話をやいたため、碌に薬師としての仕事もしなかったからだ。
「フェイ様。馬はお嫌いですか?」
「いいえ。足が鈍ってしまっているので、歩いて体力を戻したいだけなのです。」
「さようですか。疲れたら、遠慮なく仰ってください。」
フェイに声をかけてくれた青年は名をソウという。西の果てに赴いた時フェイも顔を見た青年だった。彼ら役人たちの見聞を広めるためと言って、世羅がこの一行に加えることを決めたのだ。
ソウたち役人は世羅の戴冠式に合わせて王都へ来た。長旅につぐ長旅に彼らも疲れているだろうとフェイは少し心配したが、選ばれたのは若者が多く、血気盛んで、一行に加わることを歓喜していた。
世羅は機転がきくし、支える高官たちもよく働く。兵士たちの人気もあり、フェイは誇らしい気持ちで一行と共にしていた。
「フェイ様は世羅様とお親しいと聞き及んでおります。世羅様はどんな方なのでしょう。」
「お見受けするままの、真っ直ぐで誠実な方です。曲がったことがお嫌いなので、時々こじらせたりもするのですが・・・。」
自分との事は特にそうだろう。誠実であろうと悩み過ぎて、結局、鉄砲玉のように向かってきた。初めから小出しにしてくれたところで、自分が世羅の気持ちに気付けたかどうかは微妙なところだが、想いの強さに射抜かれ、拒もうという発想にもならなかった。そういう意味では一度抱いた想いにとても真っ直ぐな人だ。
「好奇心が旺盛なところは少し心配です。」
「ただの農民だった私をいきなり役人に登用したくらいですから、それは最もでしょう。私がどうしようもない人間だったらいかがなさるおつもりだったのか・・・。」
「世羅様は人を見る目がある方ですから、きっとそんな間違えはないでしょう。」
「信頼していらっしゃるのですね。」
「はい。」
理世は世羅の人望と人を見る目を買っていた。動けない理世の穴を埋めていたのは間違えなく世羅で、彼が天帝となった今、それは遺憾なく発揮されることとなるだろう。
世羅はしばらく王都こそ空けないものの、戴冠式に合わせて集った役人たちと、様々な接点を作り交流を深めると言っていた。きっと次なる人選も兼ねているのだろう。
「そういえば、フェイ様の国鳥は何という名でしょう。」
「キィと呼んでいます。」
「王都からずっと肩にいらっしゃいますね。」
ほとんどを飛んで過ごすものだと思っていたと、ソウは破顔した。
ソウの指摘は正しい。いつもはほとんど飛んで過ごすのに、何故かこの旅では肩から離れようとしない。周囲に目を光らせているのだ。
もしかしたら世羅がどこからか湧いて出てフェイを奪っていくのを心配するような面持ちだ。そんなわけで王都からの道のりのほとんどを、フェイの肩の上で過ごしている。
「キィ、少しは飛ばないと、身体が鈍ってしまいますよ。」
心底相棒のためを思って言って聞かせてみるものの、かえって逆効果だったらしく、身体を頬に寄せてくる。
歴代の薬師の中には伴侶を持つ者もいるが、そんな時はやはり拗ねたりしたのだろうか。国鳥と薬師は絆が強い。それゆえに、間に入ろうとする者に嫉妬するのかもしれない。
「出立の時、世羅様がキィをからかったものですから・・・。ちょっと拗ねているのです。」
「世羅様もそんなことをされるのですね。あらゆるものを律しているようにお見受けするので、少し意外でございます。」
「公務の時はキリっとしてらっしゃいますが、今よりもっとお若い時はよく冗談もおっしゃっていました。」
「さようでございますか。きっとフェイ様に心を許していらっしゃるのでしょうね。」
フェイは少し恥ずかしくなりながら、ソウの言葉に頷いた。
世羅の場合、心を許してくれているというより、捧げようとしている。女でない自分に、妃になれない自分に、真っ直ぐな想いをぶつけてきたのだ。
今もまだ、すべてを咀嚼できたようで歯痒い気持ちがフェイの中で渦巻いている。
抱き締められ、口付けをされ、大切に扱われることが嬉しい反面、戸惑う気持ちもある。本当に心を捧げる相手が自分で良いのかと途方に暮れてしまうのだ。
ライはいっこうに気にしている様子ではなかったが、ある意味この世を達観しているような彼の意見は参考にならないだろう。他の者たちは簡単には受け入れられないはずだ。宰相も妃候補にとリリを寄越したくらいなのだから。
師匠がいた頃は、疑問に思うことは何でも聞いていた。すぐに答えをくれるような人ではなかったけれど、人生の道に迷った時はそっと道標になるようなものを差し出してくれた。
大切な人が一人、また一人と、フェイのそばからいなくなっていく。理世もいなくなってしまった今、世羅を決して失いたくない。
彼の命そのものはもちろんのこと、大切な存在だと思われ続けたい。けれど自分が想像していた関係と違ったことに困惑していた。
しかし表向きは受け入れても良いのか迷いながらも、本心ではとっくに受け入れてしまっている。
「フェイ様はお一人で旅をされることが多いのですよね? 寂しくはありませんか?」
「いいえ。草花の匂いを感じながら道を行くのは、とても心地良いものですよ。自然に還れた気がして安心するのです。」
「私の生まれ故郷はまだ道半ばですが、いつか緑に囲まれる頃、いらしてください。お迎えに上がります。」
「是非。またお会いしたいものですね。」
一行が大きな川に差し掛かる。幸い雨の少ない時期だったため、流れは穏やかだ。橋が架かっているとはいっても、溢れそうな時分は渡ることが叶わない。
「こんな大きな川は生まれて初めて見ます。」
「この川と気候のおかげで、東の土地は豊かなのです。あッ!」
肩に張り付いていたキィが橋の上から川へ向かって滑空していく。川では陽の光に照らされて、魚の群れが背を輝かせていた。
「魚でしょうか。」
「おそらく。お腹が空いたのでしょうね。」
口に魚を咥え、誇らしげに舞い戻ってくる。キィは狩りが上手い。それでも道すがら、魚にありつけることは滅多にないので、今は勇姿を見せる格好の機会だろう。
「キィ、味わって食べてくださいね。」
フェイの言っているそばから、キィが魚を丸呑みにする。彼の喉元で蠢く物体を見て、フェイは苦笑した。
「そうでした。魚はすぐ食べてしまうんでしたね。」
大きな魚を呑み込んだ分重くなった身体を再びフェイの肩に乗せ、キィはこの上なく機嫌が良さそうだった。
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朝霧とおる