誰かが頬を撫でていく感触がする。行ったり来たりを繰り返し、時々離れると、額に冷たいものが触れる。そして再び優しい手が行き来して妙に火照った身体を宥めてくれた。
瞼が重い。身体も意思の通りには動いてくれない。左手に痺れを感じて、ようやく毒をあおったことを思い出した。
あの刺激臭、この痺れと毒性の強さはコニンの花だろう。遠くで世羅が叫ぶ声を聞いたように思う。世羅が毒をあおるようなことにならなければそれでいい。無闇に王族の批判などできない。身をもって証明すれば、世羅に危機的な状況を報せることができると思ったのだ。
「・・・ィ・・・」
誰かが自分を呼んでいる気がする。徐々に意識が覚醒してきて、ようやくその声の正体が世羅だと気付いた。
彼は無事だった。そのことにとにかく安堵して、約束をした理世の顔が浮かんだ。
「フェイ、目を覚ましてくれ・・・」
苦しげな世羅の声に応えて瞼を開きたいと思うのに、どうしても重くて開かない。まだ毒が身体を巡っているのだろう。
なんとか世羅の声に応えようと痺れたままの手を握ってみる。
「フェイ?」
動かした手に世羅は気付いたのだろう。フェイの手に指を絡ませてきて、ギュッと握りしめてくる。
「フェイ、わかるか?」
瞼を開いたら、きっと世羅を安心させることができるのに、思うようにならない身体がもどかしい。
「・・・ら、さ・・・ま・・・」
「フェイ!」
期待に満ちた声で呼ばれて、胸が熱くなる。必要とされることが嬉しい。生きて帰ってくることができて、良かったと思えた。もし自分が死んでいたら、理世を失ったばかりの世羅は落ち込んだかもしれない。
「ッ・・・せら、さ、ま・・・」
喉の奥が乾ききって、思うように声も出ない。身体の機能の何もかもが、毒に痛めつけられてしまったようだった。
「ライ、フェイの意識が戻った。」
「さようですか。フェイ、目は開けられるかね。」
「・・・ッ・・・」
自分では首を横へ振ったつもりだったが、さほど動いてはいなかったようだ。ライの皺の深いカサついた手が喉元と手首に触れて脈を取る。
「呼吸も脈も問題ありません。世羅様、一晩お付き合いくださったのですから、もうお休みになったらいかがでしょう。フェイがあなたを置いていくことはありませんから。」
「公務を蔑ろにしたりはしない。私は平気だ。せめて目を開けるまでそばにいたい。」
「世羅様、お気持ちはわかりますが・・・」
「そなたに何がわかる。」
「・・・。」
「ライ、私を追い出してくれるな。意地になっているのはわかっている。それでも、そばにいたいのだ・・・。」
「公務の時刻になりましたら、交代いたしましょう。それまで私は下がっております。」
「わかった。」
何かを押し殺すような世羅の声に、胸が締めつけられる。そんな声を出さないでほしい。自分はもう大丈夫だと教えてあげたかった。
「フェイ・・・眠ってしまったのか?」
意識はあるのだと訴えたかったが、身体の重さはいかんともしがたく、身動き一つ取れず、声も出なかった。できることといえば、強張った身体から力を抜くことくらいだ。
世羅の背後でキィが甲高く鳴く声が聞こえる。いつまで経っても目覚めないフェイに業を煮やしているのかもしれない。
キィの羽ばたく音がしたと思ったら、頬に羽根が触れて、次の瞬間には顔をくちばしでそっと突いてきた。
「こら、キィ。そなたの主は具合が悪いのだ。無理に起こしてはいけない。」
世羅に叱られても構うことなく、いつまで経っても瞼を開けないフェイに頬擦りをしたり突いたりを繰り返してくる。しまいには唸るように鳴き出し、騒がしくフェイにまとわりついて動き回った。
「キィ」
フェイの相棒をたしなめるための抗議の呼びかけかと思ったが、そうではなかった。
「そなたが・・・羨ましい。私もそうやって叫びたい気分だ・・・」
世羅が叫ぶ姿など想像もつかない。意識を失う少し前、激昂した彼の声を聞いたことすら驚いたというのに。
「そなたの主に言って聞かせてほしいのだ。私のために命を投げ打つことなどしてはならないと。」
キィが世羅に応えるように鳴くので、まるで二人の間に会話が成立しているようにも聞こえる。
「そなたも大切な主がいなくなってしまったら困るだろう?」
世羅の震える声が頭上でしたと思ったら、握りしめてきた手の上に雫がポタポタと落ちて濡れていく。
世羅は泣いているのだろうか。開かない瞼をこれほどもどかしいと感じたことがない。
「己の所為で愛する者を失うなど、私には耐えられぬ・・・」
キィの気配が枕元から遠くなったと思ったら、どうやら世羅の肩にでも乗ったらしい。
「キィ、私にとってそなたの主はこの世のすべてなのだ。命を賭けて守ると決意するくらいなら、この不毛な想いを受け入れてくれてもいいと思わんか?」
世羅の言う意味がわからず戸惑っていると、唇に温かいものが触れる。なんだろうと思っているうちに、もう一度柔らかく温かいものが触れて、冴えない頭で口付けられているのかもしれないと気付く。
まさかと思いながら混乱し、世羅の紡いだ言葉を一つひとつ咀嚼しようと試みたが上手くいかなかった。
繰り返される行為を身動き一つせずに、受け止め方もわからずにただ感じ続ける。
世羅が触れてほしくなかった心の奥に秘めた想い。そのことに思い至った時、今まで気付けなかった自分の愚かさが悔しくなった。
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朝霧とおる