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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

碧眼の鳥44

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碧眼の鳥44

胸の辺りに重い塊を感じ、キュルキュルと鳴く声が身体に響いてくる。そして誰かが自分の名を呼ぶ声を聴いて、起きねばならないと強く思った。

起きて、自分は無事だと伝えたい。しかし誰に伝えたいのだろう。とても大事な事を忘れてしまっているように思う。けれど曖昧な意識の中では、論理立てて考えることは困難だった。

重く硬かった瞼がようやく動き始め、差し込んできた光と共に、目の前に鮮やかな羽根が飛び込んでくる。キィだ。咄嗟にこの綺麗な塊の名が頭に浮かぶ。自分が名を呼んでやると、彼は大層喜ぶ。そして彼が喜ぶと自分も嬉しい。そんな事を思い出して、彼の名を呼んでみたが、声がかすれて思うような声量は出なかった。

「・・・ぃ・・・キ、ィ・・・キィ・・・」

驚いたように小さい顔を上げて、大きな瞳で見つめてくる。するとやはり予想した通りに、キィはコロコロと嬉しそうに鳴いた。

痺れる手をどうにか動かして、背を指で撫でてやる。キィは甘えん坊だ。構わないとすぐに拗ねてしまう。そのわりに気分屋でしばらくフェイのもとを離れて遠出をすることもあった。

「フェイ、私がわかりますか?」

知らない人が心配そうに自分を覗き込んでいた。その顔を見て考えてみるものの、誰だかわからない。戸惑い、相棒のキィに誰かと尋ねてみたものの、キィはただ嬉しそうに頬擦りをするばかりで教えてはくれない。

「フェイ、私の名がわかりますか?」

もう一度、自分より幾分か若い青年に声を掛けられて、申し訳ないと思いながら首を振って、わからない旨を伝える。

「すみません。存じ上げないもので・・・。」

すると青年は驚き慌てた様子で、何やら横で文をしたため始めた。

「どう、されたの、ですか?」

青年に問うたものの、ただ真剣な面持ちで首を振るだけで、文を握り締めて部屋を出て行ってしまう。

ここはどこだろう。見慣れない部屋だった。

薬師の自分はあまり宿場町には泊まらず、森の道を行くことが多いのに、と不思議な気持ちで室内を見回した。

先ほどの青年が座っていた場所には、ムギの入った箱が置かれていた。キィはムギには目がないのに、好物そっちのけで甘えてくる。こんなことは珍しい。

「キィ・・・?」

甘えるキィをゆっくり撫でながら戸惑っていると、先ほど部屋を出て行った青年が戻ってくる。

「フェイ、どこか痛いところはありますか?」

手足は少し痺れているが、痛むところはどこもない。胸が重いのはキィの所為だろうから、問題ないだろう。自分の状況は相変わらず呑み込めなかったが、青年の質問には否と答えた。

少し安堵したように肩の力を抜いた彼は、居住まいを正して、真剣な面持ちで告げてくる。

「フェイ、私の名はルウイと申します。私も薬師を拝命しております。あなたは先刻、崖から川へ落ちたのです。」

「崖から・・・」

そう言われてもピンと来なかった。確かに身体が軋むような怠さがある。

「少し、記憶が抜け落ちているかもしれません。もう一度伺いますが、私のことをご存知ありませんか?」

青年の言い方だと、自分は青年のことを知っていなければならないらしい。考えてみれば、彼の言う通りだ。自分と同じ薬師だというなら、年に一度顔を合わせているはずだから、自分が彼を知らないはずはなかった。

申し訳ない気持ちになりながらも、結局フェイは小さく首を横へ振った。

「輿を用意していただきます。帰りましょう。世羅様があなたをお待ちです。」

「世羅、様・・・?」

「フェイ・・・」

首を傾げたフェイに、ルウイという青年は驚いたように目を見開いた。そして唇を噛んで悲痛な面持ちをし、複雑な胸中を絞り出すように言葉を漏らす。

「ああ、なんてことでしょう・・・」

「ルウイ、さん・・・」

「さん、は要りません。あなたは私をルウイとお呼びでした。私はあなたより幾分年下なのです。」

「そうでしたか・・・」

そのまま互いに黙り込み、重い沈黙が部屋を満たしていた。しかしその空気に似合わず、キィがコロコロと嬉しそうに鳴くので、フェイは口もとを緩めて笑う。

「キィがあなたの居場所を私に教えてくれたのです。目覚めないあなたを心配して、ずっとあなたの上で鳴いていました。」

「そうだったのですか・・・キィ、不安にさせてしまいましたね。」

確かにこんな風に甘えてくるキィは珍しかった。よほど自分は切迫した状況に身を置いていたのだろう。

「見ているこちらがツラくて・・・。」

「ルウイ・・・」

彼の目から涙が溢れる。

「報せを受けた時、きっとダメだろうと・・・生きていて、良かった・・・きっと、キィも、そう思っています・・・ッ・・・」

「ルウイ、泣かないでください。私はここにおります。生きていますよ。」

手を伸ばして、自分のために泣いてくれるルウイの手を握る。子どものように泣く姿が、はじめいだいた印象より彼を幼く見せた。

「私はいつからここに?」

「・・・さほど時間は経っていません。崖から落ちたのは昨夜。下流の河原に流れ着いていたのを兵士たちが見つけたのです。運んできたのはそれからですから。」

「そうでしたか・・・。」

キィは流され続ける自分を必死に追いかけていたに違いない。その姿を想像するだけで、胸が苦しくなる。つらい思いをさせてしまった。

「キィ、ありがとう。」

コロコロと鳴きながらフェイの胸に頬擦りを続けるキィに、そばにあったムギの箱を引き寄せて、キィの前に差し出す。

「ご飯にしましょうか。」

しばらくフェイの顔とムギを交互に見比べていたキィだったが、誘惑に負けたのか、フェイの身体から降りて、ムギをついばみ始める。はじめは心配そうにフェイの方を見てきたが、再び意識がなくなることはないとようやく確信を持てたのか、落ち着いて食事を始める。

「ふぅ・・・」

「やはり重かったですか。」

ルウイと顔を見合わせて笑う。

温かく重い塊が胸の上からいなくなると、随分と身体が軽くなったように感じた。














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