干した魚が農家の庭で揺れている。陽の出と共に起き、陽が沈むと休息の支度を始める生活は、自然を愛する薬師には向いた生活だ。
ルウイは夜明けを感じて寝床をあとにし、桶に水を汲んで庭先で顔を洗っていた。すると鳥の囀りの合間をぬって、鋭く甲高い鳴き声が聞こえてくる。はじめは自分の国鳥レンの声かと思っていたが、すぐにそうでないことに気が付く。
相棒は自分の足元で朝餉をついばんでいるし、焦ったように繰り返される鳴き声はレンのものより幾分高い声だったからだ。
レンが鳴き声に反応し、朝餉を中止して、鳴き声の主に応えて鳴き返す。すると遥か上空に色鮮やかな国鳥が姿を現して、ルウイめがけて滑空してきた。
果たして、飛んできたのはキィだった。頭の頂に青の羽毛を生やしているのは、フェイの相棒、キィの特徴だ。
はじめ、フェイからの遣いでやって来たのかと思ったが、降り立ってきた彼の様子がおかしいことに首を傾げる。
まず何の文も持たず、甲高く泣き叫びながら、ルウイの頭上を飛び回り始める。
「ちょっ、ちょっと、キィ!?」
戸惑って上を見ていると、急かすように羽根をバタつかせながら衣の裾をくちばしで引っ張ってきた。
ルウイはキィがどこかへついて来て欲しいのだと察し、急いで世話になっている農家宅に戻って身支度を整えた。そして農夫にしばらく留守にする旨を伝えて、茅葺屋根の家から飛び出す。
フェイに何かあった。主の危機を報せに、キィは遥々やって来たのだろう。何か不測の事態が発生して、キィなりに居場所の検討を付けていたルウイのところへやってきたのかもしれない。ライからの報せでフェイが東の方へ来ていたことは知っている。さほど距離は遠くないかもしれない。
「レン、参りましょう。キィ、フェイのもとまで連れて行ってください!」
キィがルウイの言葉に一声鳴くと、大空へ舞い上がる。レンは先輩国鳥の緊迫ぶりにオロオロしながらも、なんとかルウイの肩に収まる。不安げなレンの様子から、ルウイは事の重大さを感じ始めて、キィの後を追って走り出した。
* * *
ルウイは街道を走りながら、途中ライの国鳥と鉢合わせた。ライの国鳥は文を携えていたので慌てて文を開くと、そこにはフェイが喜天一派の手で危害を加えられたこと、崖から川へ身を投げたことが記されていた。
川と聞いて、キィの目指している方角にすぐ合点がいく。
「キィ・・・」
もしかしたら、もう生きてはいないかもしれない。けれど必死に先を急ぐようにと鳴きついてくる彼に、諦めるようなことを口にしたくなかった。
キィのあとを追って再び走り出し、辿り着いた橋の下へと目をやると、そこには人だかりができていた。キィは迷うことなくそちらへ舞い降りていく。
「うわぁ! 何だ!?」
「痛ッ!」
キィが集う人々にくちばしと羽根で攻撃し始めると、人の輪が崩れて、中央にあるものがルウイの視界に飛び込んでくる。
「フェイ!!」
フェイを取り囲んでいるのは兵士だった。その中には、憶えのある青年の顔がある。
「ソウさん!」
「ルウイ様! 早く、こちらへ!!」
橋の脇を滑り降りて、人の集まる河原へと駆けていく。周りに集う兵士たちはフェイの介抱をしようとしているだけだった。
しかしキィは主が虐められていると勘違いしたのだろう。フェイの周りから人を追い払い、身を寄せてキュルキュルと切なそうに鳴き始めた。
「まだ脈があります。」
ソウが口早にルウイへ告げてくる。ルウイは頷いて、早速フェイの身体を改め始めた。
すぐ横に目をやると、吐瀉物がフェイの口元に残っていた。
「ソウさん、フェイは何か吐いたりしていましたか?」
「いえ、わかりません。我々もつい先刻、フェイ様を発見したばかりなのです。」
呑み込んでしまった水を吐くときに、他の物も一緒に吐き出したのかもしれない。あるいは頭を強く打って吐いたのかもしれない。後者なら今は息をしていても危険な可能性がある。少なくとも意識はない。
「とにかく運び出しましょう。あまり大きく動かすのは危険なので、フェイを乗せて運べそうなものが・・・」
河原に流れ着いた手頃な板を見つけ、兵士と三人掛かりで慎重に持ち上げる。するとキィはフェイの胸に覆い被さって離れようとはせず、仕方なく一緒に板の上に乗せて近くの村まで運び出した。
* * *
ルウイが身体を改めると、頭に小さな瘤と身体の至る所に擦り傷を見つけた。しかしそれ以外に大きな外傷は見られない。兵士たちの話を聞く限り、水量の多い川に落ちたことから、打撲は最小限にとどめられたのかもしれない。フェイが身軽だったことも幸いしたのだろう。
「キィ、それではフェイが重いですよ。」
フェイの胸に覆い被さったままキィはどうしても離れようとしなかった。ルウイが好物のムギをチラつかせても見向きもせず、キュルキュルと鳴きながら、目覚めない主のそばから動こうとしない。
国鳥は小さくない。羽根を全て広げれば、人の半分くらいの大きさがある。フェイも重いだろうと案じられたが、経緯を聞いただけに無理矢理引き離す気にはなれなかった。
一番身近な存在として、薬師と国鳥は人生を共にする。血を分けた家族よりも、よほど近しい存在なのだ。
目を開けてくれないフェイ。ひとときも離れたくないのを振り切って、ルウイに助けを求めに来たであろうキィに、これ以上、主との別離を強いたくない。
「フェイ、目を覚ましてください・・・」
キィがあまりにも哀れで、ルウイが懇願するように言葉を溢すと、フェイの身体が微かに動く。
「フェイ?」
「ッ・・・」
「フェイ、聞こえますか?」
「ッ・・・う・・・」
フェイの呻くような声に、キィがすぐさま反応してコロコロと鳴き出す。甘えるような、縋るような声に呼応して、フェイが再び呻いた。
「・・・ッ、ィ・・・キ、ィ・・・」
目覚めた主に嬉しさのあまりキィが羽根をバタつかせる。フェイは苦しそうに眉を寄せたが、仕方ないなという顔をして、キィに微笑んだ。
「フェイ、私がわかりますか?」
「・・・。」
「フェイ?」
キィの背をまだ不自由な手で撫でながら、フェイは不思議そうな顔で、ルウイを見た。意識が混濁しているのかと、様子を伺ってみるものの、キィのことはしっかりその目で捉えているように見える。
「キィ、こちらの方は、誰、でしょう?」
フェイが困ったような顔でジッとこちらを見つめてくる。暫く呆然としていたルウイだったが、フェイの発した言葉の意味に気付いた時、愕然とする。
「フェイ、私の名がわかりますか?」
「すみません。存じ上げないもので・・・。」
ルウイは急いで王都で待つ天帝に文をしたため、相棒のレンを王都へ向かわせた。
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朝霧とおる