どうにか疑問を持たせずに丸め込んでしまいたかったが、残念ながら世羅の目論見は外れてしまった。
「どうしたものかな・・・。」
「何か問題でも・・・。」
「・・・いや、こちらの話だ。」
目の前に宰相のシュウがいたことを失念して心の内がつい口に出る。
フェイに想いを押し付け暴発したあと、世羅は完全に開き直っていた。うだうだと悩み、食が細くなっていたことすら、今となっては馬鹿らしく思えるほどだった。
伴侶になってほしいと、あれから何度も説いてみたが、残念ながら肯定的な言葉は貰えていない。肝心なところで流されないのは良いことなのか悪いことなのか。少なくとも今の世羅にしてみれば焦れったい。
フェイが答えを見出せない理由を、認めたくはないが世羅にはわかっていた。
フェイには人を恋しく想い、心を患うということがそもそも理解できていない。当然世羅に対して恋心を抱いてなどいないだろう。
知識としてはあっても、身をもって経験していないことに対して合点のいくはずがないのだ。
「シュウ、戴冠式のことはそなたに任せる。」
「恐れ入ります。」
世羅があれこれ口を出して面子を潰したりするようなことがあると、余計な争いの種を生みかねない。それぞれに与えられた役割を全うさせて満足を得てもらうほうが、この先まつりごとは進めやすい。
「ただ、王都とその周辺の治安維持に関しては計画書と配置図を事前に持って寄越すように。」
「承知いたしました。」
広大な土地を治めるために課題は山積みだ。正直、色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではない。
理世は天に召されたあと、至らない弟に溜息をついていることだろう。
「滞っていた事案を片付けるから、今から議会を招集してくれ。」
「かしこまりました。」
理世の肩代わりをして業務をすることに慣れていたことだけが幸いだった。雑多な問題を前に息をするように捌けなければ、天帝になって早々寝込むことになっていただろう。
フェイのことを棚上げしたくはないが、物理的に時間が足りない。今朝会ったのを最後に、昼食も満足に摂る暇もなく、業務に専念していた。
それもこれも、元を辿ればフェイのためだ。手を抜いたりしたら、フェイからの信用を失ってしまう。
まつりごとに関しては世羅が立派な仕事をすると疑っていない。乱暴なことをした手前、その部分の信用だけは死守したかった。
「世羅様、議場へお入りください。皆、揃いましてございます。」
「わかった。」
書類に押していた玉印を宝物庫に仕舞い、席を立つ。
早く終えてフェイとの時間を作りたい。頭をよぎった考えに無理矢理蓋をして足早に議会へと向かった。
* * *
せっかくフェイのもとへと舞い戻ってきたと思えば、第一声が気に食わないもので、不機嫌さを隠すに隠せない。
「羅切様をどうなさるおつもりですか?」
「あやつの事は法に則って裁くだけだ。」
「しかし反逆罪は・・・」
「死をもって償わせる。」
反逆罪も殺人も、このシンビ国において、当事者が王族であろうとも、例外なく死刑が適用される。同じ王族間の争いごとを避ける狙いもあるためだ。
羅切の行いは人として許されない。世羅はそう思っている。ましてやフェイは自身が危機に見舞われたのだ。法を否定してまで羅切を憐れむ理由がわからなかった。
「憎しみは憎しみを呼んでしまいます。」
「では他にあやつの行いを償わせる方法はあるか? 更生を求めたところで無駄だろう。歪んだ性分が正されるとは思わん。悪しき根は断たねば。」
「・・・。」
無言の抵抗に溜息をついて、世羅はフェイと並んで長椅子に腰を下ろした。
「フェイ、私も無闇に罰しているわけではない。」
「わかっております・・・。」
納得しているなら、こんな顔はしないだろう。フェイの本音を聞きたくて、話すよう促して、粘り強く待った。
するとポツリと一言、フェイが言葉をこぼす。
「一人は・・・とても寂しいものです・・・。」
フェイの言葉に世羅は胸を打たれる。彼は孤児だった。貧しかった両親が彼を野山に置き去りにし、そのまま迎えに戻ってくれることはなかった。
たくさんいた兄弟の中で彼が置いていかれたのは、末子で畑仕事もできず、少しでも食いぶちを減らすためだろう。大人たちの勝手で捨てられたフェイだが、この国が隅々まで富んでいれば、フェイがそんな目に遭うことはなかった。そういう者たちの人生が世羅の肩に乗っている。他人事だとは思えなかった。
フェイは置き去りにされた過去を覚えている。運良く薬師に拾われなければ、幼子は死んでいただろう。そうしたらこうやって出逢うこともなかった。
きっとフェイにとっては哀しい過去を呼び起こす引き金となってしまったのだろう。
大切な者を守るために誰かを斬り捨てる。フェイは捨てられたことのある身だ。感受性の強い彼なら、自分のことのように重ね合わせていたとしても不思議ではない。
「フェイ、それでも私はそなたを守りたいし、この身を危ういものにするわけにはいかぬ。」
彼の前では、どんな言い訳も意味を持たない気がした。しかし統治者として、譲れない一線がある。
矜持ではなく、今この身が滅んだら国が傾くのは間違えない。民を顧みない危ない存在を野放しするわけにはいかないのだ。
厄介なことに羅切は王族だ。彼を利用して懐を耕そうとする者も出てくるだろう。それだけ危険な存在だった。
「そなたがいる。そばにいてくれるのだろう? ならば、私は寂しくなどないよ。」
いつだって微笑んでいてほしいのに、最近難しい顔をさせてばかりだ。ほぼ全てにおいて、世羅が起因となっていることに薄暗い独占欲が満たされると同時に、胸の詰まる思いがする。
「フェイ・・・」
「ッ・・・」
抱擁ごときで誤魔化されてなどくれないだろうが、抱き寄せた塊は恥ずかしそうに身体を小さくして固まる。
意識されているらしい。たったそれだけのことで、面白くない事態に溜飲を下げる気になった。
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朝霧とおる