世羅が猛々しい象徴を突き入れた身体の奥。じくじくと痛んだものの、たいした傷ではなかったらしい。
ライは落ち着かない様子の世羅を部屋から追い出し、今はフェイとライの二人きりだ。国の主が追い出されるという事態にも、世羅は気を悪くしたようには見えない。ただ申し訳なさそうに隣りの部屋で待機しているようだった。
全く動じていないライの様子からすると、彼は世羅の行動に必然を感じていたのだろう。フェイが説明しようとするのを手で制し、ただ手当てに徹していた。
「さて、傷はさほど酷くはないな。数日もすれば治る。」
「ライ様、世羅様のこと、あまりお叱りにならないでくださいね。私も気付かずに傷つけていたのです。」
「そちがそう言うなら、私からあえて釘を刺すことではない。宰相たちに知れれば、御子ができないと騒ぐだろうが。世羅様に健やかでいていただくことが我らの使命だ。」
「世羅様は・・・私にお気持ちがあるようなのです。」
「今に始まったことではなかろう。そちが気付かぬから、あえて私も言わなかったが。」
「やはりライ様はお気付きだったのですね。」
「お生まれになった時からの付き合いだ。気付かぬわけがない。さて、毒もだいぶ抜けたようだ。後はしっかり身体を休めなさい。」
用意された衣を身に付けて、髪に櫛を通す。美しい世羅と競う気はさらさらないが、彼の前で乱れた身なりは控えたい。ライの手を借りながら、痛む身体に鞭を打って寝台から立ち上がる。
「よかろう。」
ライが満足げに頷き、諸々を王宮仕えの者たちに片付けさせ、部屋を去っていった。それと同時に世羅が心配そうな面持ちで部屋へ飛び込んでくる。それを笑顔で出迎えると、世羅が毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。
「立っていて、つらくないのか?」
腰を支えるように世羅が手を伸ばしてくる。長身の彼がそばに立つと、自分の身体が大層貧相に見えるが、全て暴かれた後なので今さらだ。
本当は部屋を去るであろう世羅を見送るために身なりを整えたのだが、世羅に促されて寝台へと再び腰を下ろす。
「フェイ、嫌でなければ、共寝してはくれまいか。」
天帝になろうという彼が、こんな狭く質素な部屋で共寝したがるとはどういうことだろう。一人で眠るのは寂しいのだろうかと首を傾げていると、世羅が暗い顔をする。
「信用ならぬというのなら、もっともだ。忘れてくれ。」
世羅が目の前で意気消沈するので慌ててフェイは否定する。
「いいえ。寂しいのでしたら、私は構いません。ここでよろしいのですか?」
「・・・。」
「世羅様?」
「そなたには敵わぬ・・・。」
何か見当違いなことを言ってしまったのかと振り返ってみるものの、そうとは思えない。視線で問うてみたが、世羅は苦笑しながら首を横へ振るだけだった。
「フェイ、私の部屋へ来ないか? その方が、何かと勝手がいい。」
「しかし・・・臣下の私が立ち入ってもいいものでしょうか。かつて共にしたのは、無知ゆえのことですから。」
広い王宮で暇を持て余していた幼き頃の世羅に引き連れられ共寝したことはあるが、昔の話だ。子どもであったからこそ許される所業で、互いの立場をわきまえている大人がしていいこととは思えなかった。
「私がいいというのだから、構わない。とやかく言う者がいるなら、私が黙らせる。私が隣りに置きたいのは、そなただけだ。」
少し頑なになっているように思える世羅に、あえて反論するような真似はしないことにした。
王宮内で起こる出来事はあっという間に臣下の耳へ入ってしまう。一臣下としては少々頭が痛い。
痛む腰を支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。守る側の自分が庇われるのは釈然としなかったものの、世羅が満足そうな顔をするので、今宵は世羅の意思に従おうと口を噤んだ。
* * *
抱き締められて眠ることに身構えていたのは初めだけで、身体に感じるぬくもりと共に、夢の中へと落ちていった。
目覚めた時も同じく世羅の腕の中で、すぐ近くに彼の寝息が聴こえる。まだ世羅は眠っているらしい。目覚めたのはいいものの、身動きが取れず、ジッと彼の顔を眺めていることしかできない。こんな間近に見入るのは初めてだった。
「真っ白で、綺麗なお顔ですね・・・。水疱の痕も消えて良かった。」
そっと頬に触れてみる。サラサラと触り心地の良い肌。無防備な彼が珍しくて、鼻を摘んでみる。つい笑みを零して肩を震わせていると、急に視界が影に覆われる。気付いたら、世羅に組み敷かれていた。
「遊ぶでない。」
顎をすくい取られて、唇が重なる。身体を熱くし固まっていると、頭上から小さく笑い声が落ちてくる。世羅の笑顔を随分久方ぶりに見た気がする。
「フェイ、そなたがここにいるのは夢ではないのだな?」
「私はちゃんとおそばにおりますよ?」
感慨深そうに抱き締められた後、世羅の身体が離れ、隣りへ並んで横たわる。
世羅が衣に手を入れて出したものは、フェイが渡した守札だった。紐で結わえて、首から提げているらしい。
「そなたと・・・ずっと友でいられるように願ったつもりだった。けれど本心は・・・そなたが欲しかった。天には見透かされていたのかもしれぬな。」
「心から願わなければ叶いません。」
「燃やしたくないと駄々をこねたが、この守札は天にお返ししよう。そなたに見捨てられずに済むかどうかは私次第だ。誰かの力を借りてどうこうなるものでもなかろう。」
「世羅様を見捨てたりいたしませんよ?」
世羅の言葉を聞いて、懸命に首を振って答える。理世と約束をした。命を懸けて世羅を守ると。フェイから世羅を見捨てるなどあり得ないことだった。
「フェイ。私が王族の人間ではなく、本当にただの友だったとしても、同じことを申すか?」
問われて、咄嗟に返事はできなかった。
彼が王族でなかったら、という仮定そのものが想像しがたかったからだ。
遠くで見ても一目で頂点に君臨する者だとわかる風貌と雰囲気。
フェイにとって世羅という存在は王族であることを切り離して考えることができない人だ。
「わかりません・・・。」
世羅を失望させたかもしれない。苦笑して寄越した彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「たとえそなたが薬師でなくとも、私はきっとそなたを見つけただろう。そう思えるほどに魂ごと惹かれて、思い留まることができなかった。」
「世羅様・・・」
「どうして今まで耐えてこられたのか、今となってはわからぬほどだ。」
「・・・。」
「そなたをどこへもやらず、このまま腕の中に閉じ込めることができたらいいのにと願わずにはいられない。」
世羅は難しいことを言う。旅をして学び続けてこその薬師なのに、生き方そのものを否定された気がして、悲しくなった。
「フェイ、違う。」
フェイが落ち込み始めたことを悟ったように、慌てて世羅が否定してくる。
「そなたを否定しているわけではない。また旅立ってしまうことが寂しいだけなのだ。だからそんな顔をしないでくれ。」
掻き抱いてきた世羅の熱さに、また思考が止まる。心地良いだけではなく、身体の奥から何かが湧き出してきて、息を苦しくさせるのだ。その正体が何なのかわからず、世羅の腕の中で戸惑う。
世羅の臣下であり友である自分に、もう一つ何かが加わろうとしている。妃になることはないから、尚更この関係の正体に困ってしまう。確かな呼び名がほしくても、それは叶わないだろう。
「フェイ、想い患うことがあるなら、私に隠さないでくれ。そなたの思うことを全て知りたい。」
「・・・世羅様。私は愛人になればよろしいのですか?」
世羅が驚いたように目を見開いて、すぐさま否定してくる。
「私はそなたを生涯ただ一人の伴侶にしたい。」
「そんなことが・・・」
「今できぬなら、できるようにするまでだ。」
異性でない自分を伴侶にすると言い出したら、宰相たちは驚き軽蔑するかもしれない。自分の存在が世羅をそうさせてしまうのは哀しく耐えがたい。
「世羅様、お身内に敵を作ってはなりません。」
「そなたは頑固者だな。清廉潔白なところは兄上と似て厄介なことだ。」
棘のある言い方で返されて、彼の気分を害してしまったのだと、それ以上のことは口を噤む。
「理屈でどうにかなる想いなら、とうに律している。そうではないから困るのだ。」
強い力で組み敷かれて、見上げた世羅の眼光に圧倒される。怒らせたと思って身構えたが、すぐに世羅が頭上で小さく笑う。
「最初から私の負けだ。」
「え・・・?」
「いや、なんでもない。」
世羅がフェイを抱え込んで横たわる。
ライが起床の刻を告げにくるまで、世羅はずっと抱き締めた腕を離さなかった。
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朝霧とおる