長い列を成していた役人たちの個別の訪問に区切りをつけ、世羅が自由の身となったのは十の刻を過ぎてからだった。
役人たちと同様、朝から戴冠式に追われていた世羅は、疲れを全身にまといながらも、足早に寝室へと向かっていた。けれど自身の寝室にではない。フェイにあてがわれていた寝室だった。
フェイはいつもなら王都の宿屋へ帰ってしまうが、毒を盛られた一件があった後は、身体の回復のためと世羅が無理を言って王宮へ引き留めていた。
しかしそれも今宵が最後。明日の朝旅立ってしまうフェイにどうにかもう一度、想いを伝えておきたかった。
フェイが腕の中で抵抗しなかったのは、フェイ自身も気付かぬ愛ゆえか、世羅への忠誠心なのか、それを知りたい。知ったところで世羅の気持ちが変わるわけでもないが、のらりくらりとかわすフェイの本心をなんとか引き出したかった。
寝室の扉を叩くと、中からキィが一声鳴く。主の代わりの返答と解釈して扉を開けた。
「フェイ」
開いた中は明かりもなく真っ暗だった。しかしそこには人の気配がする。目を凝らすと、出窓のそばにうずくまっている塊を見つける。
「フェイ、どうしたのだ?」
彼は感情的になるたちではないが、刺激しないように世羅は静かに近づいていく。
部屋の中ではばたいていたキィが世羅を一瞥したあとフェイの肩に乗って、主を心配するように寄り添った。
世羅はフェイの前に屈むと、ようやく彼が顔を上げてくれる。
「そなたの顔がよく見たい。明かりをつけても構わぬか?」
「・・・はい。」
星明かりに照らされて、フェイの顔を見つめる。泣いているわけではないことに安堵したが、何かを思い悩むように沈んだ面持ちが気がかりだった。
近くの燭台に明かりをともす。
すると精製された油を引いた燭台は部屋をいっきに映し出し、フェイの顔もよく照らした。
「ちゃんと座って話さぬか?」
「・・・。」
フェイが返事をしないことは珍しかった。むしろ初めてではなかろうかと記憶を辿る。
今朝別れた時はこんな物憂げな顔はしていなかった。何かしてしまっただろうか。それとも、今頃になってようやく世羅に乱暴された事実に気を患いはじめたのかもしれない。
手を引いて立ち上がらせると、それでも黙って見上げてくる。肩を抱いて寝台まで歩くと重い足取りで腰を下ろした。
「フェイ、私はそなたを愛している。撤回はしないし、誰がなんと言おうと変わらない。」
「世羅様・・・」
「私が聞きたい言葉は一つだけだ。望まない言葉は・・・」
「ッ!!」
「こうやって塞いで、この耳には入れぬ。」
肩を掴んで、口づけをする。フェイは大層驚いたように瞳を見開き、世羅をジッと見つめてきた。
「そんなに・・・見ないでください・・・。」
「どうして? 私はそなたのことをずっと見ていたい。」
「緊張、いたします・・・」
「そなたも見つめ返したらいい。澄んだ瞳に見つめられると、私の方が緊張する。仕返ししてみせておくれ、フェイ。」
「世羅様・・・意地悪です・・・」
フェイの反応を見て、内心安堵する。悩んでいるように見えて、心はとっくに世羅の押しの強さに負けているようだった。
初めは衝動に任せた行為だったが、後から心がついてきてくれるなら、それでも構わない。結果的にフェイが世羅の腕の中に来ることには変わりないからだ。
「フェイ、そなたが私の欲しい言葉をくれないのなら、致し方ない。」
フェイの手を引いて抱き締める。そのまま押し倒すと、赤面しながら慌て出したので、とどめを刺すように唇を奪った。
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朝霧とおる