一度ならず二度までも世羅と交わって、フェイの頭の中は騒がしかった。眠った時は冷静でいたように思う。世羅の腕の中で目覚め、出立の準備をせねばと飛び起きたところまではいい。しかし、すっかり旅衣装に着替え落ち着いていると、キィが咎めるような眼差しで見つめてきたので、昨夜の事が妙に生々しく思い出されたのだ。
「ごめんね、放ったらかしにして・・・。」
世羅が来るまで鬱々と悩んでいたのが嘘のように、彼の腕の中で悩みは溶けて飛んでしまった。
強引ではない。自分は望んで抱かれた。その事に呆然として、余計にキィからの視線を痛く感じる。
昨夜落ち込んでいた自分を励ましてくれていたのはキィだったのに。すっかり忘れて、世羅の腕の中で蕩けてしまったのだ。
もしかして相棒は目撃してしまったのだろうか。世羅のことで頭がいっぱいで、キィが去ったことを確認していない。
「キィ、許してくれる?」
ちょっと卑怯だけど、ムギを差し出して誤魔化しにかかってみる。こちらの様子を窺っていたキィだったが、納得してくれたのか、大人しくムギを啄みはじめる。
廊下から聞こえてきた足音が、フェイたちのいる部屋の前で止まる。扉を叩く音に返事をすると世羅が入室してきた。
「準備は整ったのか?」
少し寂しそうなのは気のせいではないと思う。なんだか気恥ずかしくて目を伏せながら頷くと、世羅がこちらへ寄ってくる。
すると突然、キィが世羅を威嚇するようにはばたき、甲高く鋭い声を上げる。
「わぁッ! キィ、どうしたのですか!?」
まるで、寄ってくるなとでも言うようにフェイとの間を塞いでしまう。
「キィ! いけません!!」
「どうやら、キィに嫌われてしまったらしい。」
世羅が苦笑しながらそばを離れると、キィは彼を睨みつけながらもフェイの肩に収まって頬ずりをしてくる。
「昨日そなたを泣かせたから、いじめられたと思って怒っているのかもしれぬ。」
世羅の言葉で昨夜の営みが瞬時によみがえってしまう。確かにたくさん泣いたが、嫌で泣いていたわけではない。
キィはしっかり目撃してしまったのだろう。とんでもないものを見せてしまったとフェイは頭を抱える。
「キィ、世羅様はお優しい方ですよ?」
フェイに言えるのはこれくらいが精一杯だ。
しかしキィは全く聞く耳を持たず、まだ世羅に向かって低い声で鳴きながら威嚇している。
「あるいは・・・盗られたと思って怒っているのかもしれぬな。」
肩に乗るキィを覗き見ると、世羅に勝ち誇ったような顔をしているようにも見える。もしかしたら嫉妬かもしれない。
どちらにしても居た堪れない状況であることには違いない。
「キィ、世羅様に出立のお別れをさせてくださいね。」
左腕に乗るよう促して、上手く収まったところで、キィの背を撫でながら世羅に近寄っていく。コロコロと気持ち良さそうに鳴く様子からして、やはり主を奪われる心配をしただけかもしれない。
「世羅様、行って参ります。」
「無事を祈っておる。」
キィを腕に抱え込んだまま、世羅に跪く。
「フェイ」
呼ばれた声に上を向いた瞬間、視界が世羅の顔だけになり、気付いた時には唇が重なっていた。
「ッ・・・」
触れただけで柔らかい彼の唇が離れていく。呆然と世羅を見上げていたフェイだったが、腕の中で暴れ出したキィに現実へと引き戻される。
「わッ! うわぁ! ちょっと、キィ!!」
「随分怒っておるな。ヤキモチを妬いておるのだろう。」
世羅が目の前で笑い声を上げる。心底おかしそうに笑う彼を見たのは久方ぶりだ。
必死なキィには悪いけれど良い仕事をしたと思う。自分はこんな風に世羅を笑わせてあげることは長い間できていなかったのだから。
「キィ、わかりましたから! もうしませんよ!!」
「してくれないのか?」
「あ・・・いや・・・」
「そなたが拒んでも、キィが怒っても、私は遠慮はせぬ。」
腕の中でバタバタと暴れて、世羅に鋭い声を上げて威嚇するキィをよそに、フェイは顔を火照らせながら俯く。
顔が熱い。きっと今、顔は真っ赤に染まっているだろう。
これからリリを引き連れて長旅を無事に終えねばならないというのに、こんな事で大役をこなせるか心配になってくる。
「世羅様、からかわないでください・・・」
精一杯の抵抗も、世羅の笑い声と、キィの金切り声に呑み込まれてしまう。
顔を洗って、リリをお迎えに上がろう。
そう決心して、天帝と一羽の攻防が落ち着くまでじっとやり過ごした。
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朝霧とおる