*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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無事に年度末の忙しさと緊迫感を乗り切った初めての休日。二人の時間を家でまったり、だなんて言う小野村を無理やり外へ連れ出す。
クアラルンプール一番の商業地帯である、ブキッ・ビンタン。近いのに二人でゆっくり来る機会はなかったから、どうしても小野村と食い道楽をしてみたくて足を伸ばした。
せっかく繁忙期から解放されて一息ついているのだから贅沢にしようと思い、わざわざ予約をした。新鮮なアワビや良質なフカヒレを楽しめるレストラン。日本で食べるより安価だから、お腹いっぱい食べても罪悪感がない。
「美味しいでしょ?」
旨いよ、と返してきた小野村に微笑み返して、大きなアワビを頬張る。海の幸で出汁を取ったスープも絶品だ。屋台のご飯も美味しいけれど、これは旨さの種類が違う。
「これが食べたかったのか?」
「というより・・・真さんと出掛けたかったんです。」
人の目、特に会社の人の目は気にしてしまう。上司と部下で、しかも二人きりだなんて、やっぱり変に思う人はいると思う。
だから頻繁に二人で出歩くのは控えている。あくまで仕事における視察を名目にして二人で行動する。神経質になり過ぎかなと思う時もあるけれど、露呈したりしたら小野村に火の粉が掛かるかもしれない。それだけは避けたかった。
隠し事は嫌いだ。けれど好きな人を守るために必要なものなら、あっても仕方ないと思えるくらいには大人になった。
仕方ない奴だなと思っているだろうか。苦笑している小野村が不意に魅惑的に見えて、少し口角の上がった唇を奪いたくなってくる。
こんな人前でその気になるなんて、自分はどうかしてる。でも一度欲しいと思ってしまった心は止めることは難しい。自分が人より即物的だというのも自覚していた。
お腹いっぱい食べたら、誘ってみようと思い直す。外へ連れ出したのは自分なのだから。
「真さん」
「ん?」
「こっちも美味しいですよ。」
海老を小野村の小皿へトングで運ぶ。
「理央」
優しく呼ばれて、胸がギュッと縮む。少し苦しくなるくらいドキドキしながら小野村の目を見た。
「おまえ・・・どこでスイッチ入ってるんだよ・・・」
隠しているつもりだったのに、やっぱり小野村には隠し通せないみたいだ。だって優しい声で自分を呼んだりするから。好きな人にそんな風にされたら、誰だってときめくと思う。
「だって・・・」
だって仕方ない。
目を伏せて、ちょっとむくれながら黙々とご飯を頬張る。
小野村に色を感じたら身体の奥底から這い上がってくる情に抗えない。
「夜まで待つのか? それともご飯食べたら帰る?」
甘い囁きに打ち勝つ方法があるなら知りたい。
「・・・帰る・・・」
満足そうに微笑む小野村に完敗を期して、開き直って豪快にアワビを口に運んでいく。すると弾力のある歯応えと潮の風味が口いっぱいに広がる。
「贅沢な休みだな。」
小野村が含みのある言い方をしてくるので、公衆の面前でうっかり赤面する。好きな人とのんびり美味しいものを食べて、睦み合う約束をして、確かに贅沢な休みだ。仕事はひと段落ついているから、電話でつかまることもない。
せっかくここまで足を延ばしたのだから、もう少しこの街を満喫していこうか、と思い直す。小野村と一緒に食べてみたかったものも、まだあるのだ。
「真さん」
「ん?」
「やっぱり・・・少し歩いて散策しましょう?」
「そう。じゃあ、そうしていくか?」
「はい」
優柔不断な自分に、呆れもせず微笑んでくれることに幸せを感じる。口元が緩んでしまうのを必死に隠して、再び食べ始める。
小野村も同じ気持ちでいてくれたらいいと、理央は密かに願った。
勝田にバレていた事を小野村に報告するにしても、一応本人の許可を取っておこうかなと思い至る。この際、自分と勝田が知り合った経緯から話してしまうおうと思ったからだ。
小野村に隠し事をされるのが嫌だと言った手前、自分から隠し事をしたくない。しかし上司である勝田の性癖をベラベラ喋るのも躊躇われる。結局自ら勝田に連絡を入れる結論に至った。
『ついでに俺が尻軽だって事実は伏せておいてね。小野村お固いから。選択肢外しとかないと、盗られる心配するでしょ?』
「真さんは、そんな意味のわからない心配したりしませんから!」
『いやぁ、世の中わからないよ。』
「揶揄ってますよね?」
『案外、本気かもよ?』
自宅だから何の遠慮もなく話せると思ったのが失敗だった。遊ばれているのはわかっているものの、段々頭が痛くなってくる。
「もう・・・切ります。」
『これからデート?』
「ほっといて下さいッ!!」
自分から電話を掛けておいて、上司に投げる言葉ではないが、いつまでも相手をするわけにはいかない。小野村を彼の部屋で待たせているのは事実だった。
「夜分にすみませんでした。」
半分棒読みで告げれば、また可笑しそうに笑いながら、いつもの如く唐突に通話は切れた。
小野村にバレていることを打ち明けても良いか。勝田と自分との関係を話してしまっても良いか。聞きたかったことはそれだけだ。しかしその回答を得るために、小野村との時間を二十分近く削られたことに、肩を落とす。
終始、勝田に主導権を握られた通話。やっぱり営業部長をやっているのは伊達ではない。口で敵うなど、自分には到底無理な話だった。
インターホンを鳴らすとすぐに迎え入れてくれた小野村に、踏ん切りが付いている今、さっさと事実だけを話した。頭を抱えるかと思いきや、彼の反応は苦笑だけだった。
「年末会った時、意味深な目で見られたからな。まぁ、やっぱりというか・・・」
自分は相当鈍いらしい。それとも小野村や勝田の勘が良過ぎるのか。どちらにしても、能天気でいたのは自分だけ、ということになる。頭を抱えたくなったのは理央の方だった。
「それに、そっちの人だっていうのは何となくわかってた。男を諭しこむっていうか・・・そういう雰囲気あるよな、あの人。」
勝田の事をそんな風に評価していたなんて初耳だ。もしかして彼に魅力を感じてしまったりしているんじゃないかと、今度はそっちの意味で心配になってくる。勝田が指摘していた方向とは違うが、あながち冗談ではなくなる。
「真さん・・・勝田さんの事、そういう意味で好き?」
身を乗り出して問えば、小野村が吃驚した様子でこちらを眺め、次の瞬間には吹き出した。
「おまえ・・・何の心配してるんだよ。」
「だって!」
「俺はあの人をそういう対象では見てないよ。考えただけでゾッとする。」
「ホント?」
「変な心配するなよ。勝田さんが恋人だなんて怖過ぎるだろ。」
結局自分の心配は徒労に終わったけれど、また一つ胸の痞えを取り除くことができて結果オーライ、ということにしておきたい。
「真さん、俺・・・何だか凄い疲れました・・・」
「勝田さんに捕まった日は俺も同じだな。」
二人で顔を見合わせて苦笑する。部下をこんなに疲労困憊させて楽しむなんて、とんだ悪趣味だ。小野村の胸の内をまた一つ知れた事で良しとしようと、理央は疲れた心を慰めた。