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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

ツインタワーⅢ-11

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ツインタワーⅢ-11

着いた日本は新緑の季節だった。マレーシアにいると日本のように季節の移り変わりを感じることがないため、新鮮に思える。

理央にとって日本は故郷と呼ぶには馴染みのない場所なので、何を見ても目新しさの方が勝つ。

客先からの帰り道、並木道をすり抜けていく爽やかな風が肌を撫でる。この涼やかな風をマレーシアにいる小野村へ少しでも届けることができたらいいのにと、快晴の空を眺めながら感慨に耽っていた。

軽い足取りで帰社して、ビルに入ろうとしたところで、車から降りてきた人物に顔が強張る。運が良ければこの一週間会わずに済むかもしれないという理央の淡い期待は脆くも崩れ去った。

「あ、島津。久しぶり。そんな顔しなくても取って食ったりしないよ。」

大して長身でもないのに、目の前に立つだけで威圧感を与えられるのは、ある意味凄い。小野村も存在感があるけれど、勝田のそれは種類が違う。目の前にした瞬間、負けを認めたくなるような感覚なのだ。

「お疲れ様です、勝田さん。」

気の利いた事でも言えたらいいのに、彼の登場が自分にとっては不意打ちで、心構えができていなかった。面白みのない挨拶しかできずに、すでに劣勢に立たされていることを感じる。

「今夜、予定ある? 久々に飲もうよ。」

出くわしてしまえば腹をくくるしかない。

「是非。場所はこちらで用意しておきます。」

「そう? そんなにかしこまらなくてもいいよ。息抜きしたいだけだから。」

勝田の息抜きは理央にとっては息抜きにならないだろう。理央を揶揄って遊びたいだけだと内心肩を落としたが、緊張を強いられる堅苦しい仕事の話でないだけマシだといえた。

「じゃあ、また後でね。内線で教えてよ。」

「わかりました。お疲れ様です。」

秘書を連れて颯爽と去っていた勝田に頭を下げて、その後ろ姿を見送る。一呼吸置いて、理央もエレベーターホールへと向かっていった。


 * * *

個室の方が砕けて話せそうな気がして、会社から近場の割烹料理店に予約を取った。仕事の大半はマレーシアに置いてきているため日本でできることは限られている。

マレーシア発の新商品開発プロジェクトは、この一週間で日本サイドに引き継ぎが終われば、一旦幕引きとなる。裏方のサポートは続くが、表立っての仕事はなくなるので、理央にとってはこの一週間が山場。しかしそれも今日のプレゼンテーションを境にひと段落つこうとしていた。

檜の香りと温かい色合いで、室内はひと息つける空間だった。マレーシアでこういうところを探すのは難しい。高いお金を払えば豪奢になり過ぎるところがあるので、かえって落ち着かないからだ。こういう程よい所をあちらでも見つけたいなと考えていると、廊下の方から足音がこちらへ向かってくる。

うるさくない品のある静かな足運びは、勝田の風貌に確かに似合う。その場しのぎで取り繕って醸し出せる雰囲気ではない。

頭のてっぺんから足の爪の先まで一貫した上品さは嫌いではない。口を開けばなかなかに強者だが、人としてはこの上司に好意的な印象を持っていた。

大きくなく、小さくもなく、場をわきまえた音量でノックをして襖を開けた上司を、理央は立ち上がり頭を下げて迎えた。

「お待たせ。よく躾が行き届いてるよね。小野村に可愛がられてるって感じがする。」

「・・・お疲れ様です。」

「お疲れ。」

こうやって一対一で会うのは初めてだ。勝田の好戦的な眼差しを見ると、闘いにでも来ている心持ちになる。けれど手で座るように合図されて席に着くと、意外にも穏やかな面持ちに変わって、何を飲もうかとお品書きに視線を落とした。

「今日、誘ったの俺だから、ご馳走するよ。食べたい物、頼んで。」

「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えます。最初はビールにします?」

「そうする。島津は日本酒いける口?」

「好きですよ。」

「じゃあ、後で付き合って。」

「はい。」

勝田はさほど食べないだろうと控えめに見積もりながら中居に注文を伝えていく。勝田に視線をやると頷いたので、お品書きを閉じてテーブルの脇に収めた。

「厄介な新人はどう?」

「常盤さんですか? 別に厄介ではないですけど・・・真面目ですよ。」

「そう? でも先輩たちに入れ知恵されて小野村信者だから、島津としては好ましくないでしょ。島津がこっち来てる間は小野村が面倒見てるんだろうけど、どうかな。小野村、ああいうタイプ苦手なんだよね、昔から。」

「入れ知恵って、何ですか?」

「研修終わってマレーシア支店に行くのが決まった時、羨ましがった奴らがいっぱいいたからさ。」

「ああ、そういうことですか・・・。」

小野村は勝田と違うタイプだが、下につけば漏れなく彼の手腕で引き上げてもらえる。必死についていけば、ちゃんと仕事のできる人間に仕立ててくれるから、特に若手から人気があった。

そういう意味では日本とマレーシアで二度も彼の下につけた自分は幸運だ。しかし指導に容赦はないので、憧れだけで見ていると痛い目に合う。

「真さん、別に苦手そうにはしてなかったですけど・・・。」

「小野村、顔には出ないからね。ぼんやりしてて向上心に欠ける奴は誰でも扱いづらいとは思うけど。この一週間に、常盤は叩きのめされてるかもね。」

「でも実際は教える方もストレスですよね。反応薄いと、結構落ち込みます。」

苦笑しながら勝田に告げて、常盤への違和感の正体をまた一つ認識する。暖簾に腕押しのような反応が自分を疲弊させていたのだと気付いたからだ。

「もうちょっとガツガツしてくれると、こっちも乗りやすいんですけど、あんまりそういう反応は期待できなくて・・・現地組ともあんまり絡もうとしないし、そういう意味で苦戦してるのは確かです。」

「島津は最初から何でもウェルカムな感じだったよね。こればっかりは性格もあるから無理強いはできないけど、仕事にそれを持ち込むのは本来ダメだよね。そこは割り切って積極的になってもらわないと、特に営業は。」

「・・・そうですね。」

「でも島津の場合、視線は気になるんじゃない? 常盤に嫌われることは何とも思ってなくても、小野村の目が怖いんでしょ?」

「ッ・・・。」

勝田の的を得た言葉に何も言い返せない。もし小野村がそばにいなかったら、自分の性格からして嫌われることを恐れて臆することはない。小野村が上司としてそばにいることがかえって鬼門になっているのは事実だった。

「そこは信じて強くならないと、かえって失望されるよ。」

常盤の話から微妙にプライベートな部分に脱線しはじめたことで、居た堪れなさが湧いてくる。ビールに口をつけてみても、心が凪ぐことはなかった。

「常盤のことは珍妙な動物の世話だとでも思えば? 際立った能力がないなら、手懐けて上手く使わないと、自分が消耗する一方だから。俺はね、自分の型に合わない奴のことは、そうやって整理してる。」

「なんか・・・勝田さんって感じしますね。でも真さんも確かに似たようなところあるかも。」

「まぁ、俺の教え子だからね。俺から悪いところ全部引いたのが小野村だよ。でも、人情あるのは俺の方だと思うな。」

「・・・。」

「小野村って興味のない人間には、結構冷酷だから。安心しなよ。あれだけ小野村の懐に入ってるんだから、捨てられる心配して縮こまってるのは馬鹿らしいよ。堂々と自分のやりたいようにやったほうが後悔しないし、上手くいくんじゃない。」

なんだかんだ心配されて、励まされている事実に、ちょっと胸が熱くなる。いつもは遠く離れた電話口で揶揄われてばかりだが、彼なりの部下を鼓舞するやり方なのだろう。

せっかく感激していたのに、勝田は目の前でスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかけ始める。

「小野村に自慢しちゃお。島津と飲んでるって。」

余計なことを吹き込まれる予感しかしなくて、飲みかけていたビールにむせて咳き込む。

こちらの心配をよそに、海の向こうの恋人はすぐに応答したようだった。













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