憧れの眼差しが逃げるような仕草に変わっていることにはすぐ気付いた。飲み会の席でも常盤は以前のように小野村のいる輪へ行こうとはしなかったし、興味津々だった歓迎会の時の態度が嘘のようである。
この一週間、勝田の予言通りしっかり小野村に叩きのめされたのかもしれない。むしろ理央の帰社に安堵の表情を浮かべていたくらい。あまりの変化に理央は内心驚いていた。
「配属になったばかりなのに、出張で抜けてごめんね。」
「いえ・・・大丈夫です。」
「真さん、厳しかった?」
「・・・はい。もしかしたら、結構怒らせてしまっているかもしれなくて・・・。」
「怒ってはいないと思う。」
仕事に対する意欲と向上心のなさに呆れてはいるかもしれないけれど。這いつくばって、しがみついて仕事をしないと、小野村は容易に懐へ入れてくれない。あの人は仕事をとても誇りに思っている人だから。
「この一年はとにかくわからないことは、どんどん聞いて。別に俺だけじゃなくて、疑問に思うことは誰にでも。」
「・・・はい。でも、なかなか上手くいかなくて、向いてないかも、って・・・。」
「そう? 向いてるか向いてないかは、未だに俺もわからないよ。真さんや堂嶋さんもそう言ってるくらいだから。」
「そうなんですか?」
「あんまり深く考えても、答えは出ない気がするなぁ。それでも人の役に立って、お給料貰えると、どうにかなる気はしてくるよ。常盤さんはまだそこまでたどり着いてないでしょ? だから決めつけるのは早過ぎる気がする。」
神妙に頷く常盤を眺めていると、突然乱暴に頭を撫でられる。見上げなくても、笑い声で堂嶋だとすぐにわかった。
「先輩面だな。」
「・・・先輩ですから。」
「常盤ちゃん、どう? 会社に来んのは慣れた?」
「・・・はい。」
あまり馴染んでいるようではないのは見ていてわかる。一週間経っても、それは変わっているようには思えなかった。
「まあ、周りはみんなおっさんだからなぁ。」
「酷い、堂嶋さん。私もおっさんの括りですか?」
田浦がビール片手に絡んできて、次第に理央の周りが騒がしくなっていく。
ふと小野村の方へ目をやると、ラーマンと何やら話し込んでいる。いい機会だと思い、常盤について来るよう耳打ちして、騒がしい堂嶋と田浦の集った席から離れる。
「真さん、ラーマン」
「ん?」
「なんだ?」
「今度、常盤さんに農家巡りしてもらいたいんですけど、ラーマンに任せてもいい?」
「もちろん。」
常盤の心配そうな顔に微笑んで頷いてみせる。
「常盤さんが直接やることは少ないと思うんですけど、みんながどういう仕事してるのか見てもらうの、大事な気がして。」
「そうだな。」
「早速、週明けに行く予定があるよ。来る?」
人懐っこい笑顔でラーマンが理央と常盤に聞いてくる。
「常盤さん、行っておいでよ。」
「は、はい。」
ごちゃごちゃと悩んでいた先週と違い、今は不思議と穏やかな気持ちで面倒を見る気になっていた。日本に行って距離を置き、勝田の話も聞いて、頭が冷えたからかもしれない。
「まだ始まったばっかりだから、ゆっくりやろうね。」
「はい。」
前より幾分か常盤が目を合わせてくれるようになった。そのことに少しホッとする。理央の方も疎むような気持ちがあったことは否めないから、申し訳ないことをしたと心の中で反省した。
しかし常盤に微笑んでいたら、顔に視線を感じて小野村を見る。パッと咄嗟にそらされた視線は意味深だ。小野村が気まずそうにビールの入ったグラスに口をつけたので、その様子をジッと見つめる。
もしかして、拗ねてたりして。
常盤に優しくする理央を見て、小野村がそういう感情を抱いてくれたらいいのにという願望もあった。
理央の視線を意図的に無視しているのが、彼から発せられる気配でわかる。理央の考えはあながちハズレてはいなそうだ。
再び小野村とラーマンが仕事の話をし始めたので、常盤に注釈を入れてやりながら会話に加わらせる。
滅多に拗ねない恋人が拗ねていることだから、今夜はどんなに遅くても小野村の部屋へ押しかけようと心に決めて、緩む頬もそのままに理央も三人の会話に加わった。
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朝霧とおる