都内のビジネスホテルは手狭で窮屈だ。しかし疲れを湯で流し、眠れるベッドがあれば用済みなので、寂しさを紛らわすにはかえって好都合だった。
勝田と小野村の通話が終わった後、間もなくメールの着信があって、お開きになった。小野村からのメールだろうと揶揄われたが、事実だったので取り繕うことすらできない。赤面しつつも、寝入る前の電話を約束して、割烹料理店をあとにした。
気持ちが急いて、烏の行水を済ませ、狭いベッドへ横になる。スマートフォンと睨めっこしていたら、待ち望んでいた小野村からのメールが届いて、開封もせずに電話の発信をする。
『理央? お疲れ。』
「お疲れ様です、真さん。」
耳を撫でていく優しい声にホッとする。
『そっちはどうだ? まだ寒い?』
「朝晩は涼しいですね。寒暖差が激しくて、ホテルだと調節が難しいです。」
『風邪引くなよ?』
「真さんこそ、声が疲れてる。」
電話口から苦笑が漏れて、耳を澄ます。小野村の声を何一つ取りこぼしたくはないからだ。
『常盤、なかなか大変だな。』
「なんか、やらかしました?」
『おまえの渡した資料、全く目通してなかったぞ。』
「そうでしたか。すみません。でも、そんな気はしてたから、出てくる前も念は押しておいたんですけどね。」
『自分でいるいらないを勝手に判断するから困る。勝手な判断が周りを振り回すことをわかってないんだろうな。』
「戻ったら言いますね。今日は何教えました?」
『商品リストの突き合わせ。ただ、ほとんど進んでないから、明日もだな。』
せっかく勝田が気を遣って早めのお開きにしてくれたのに、二人きりで交わす話題がやっぱり仕事の話であることが、ある意味、自分たちらしい。
そして何より、常盤を見る小野村の目が部下以外の何ものでもないことに心底ホッとしてしまった。ベッドの上に横たえた身体からは完全に力が抜けて、リラックスモードへと切り替わる。
「ねぇ、真さん。」
『うん?』
暫しの沈黙の後、思いきって提案してみる。小野村はきっと嫌がるだろうなということはわかっていたけれど、ちょっと甘えてみたかった。
「エッチなことしません?」
『・・・おまえな・・・』
「真さんの声聴いてたら、そんな気分になっちゃった。」
『今の会話の流れで、どうしてそうなるんだよ。』
「好きな人の声だったら、いつでもそうなるんです。」
本当は安心したから。疑うのもバカらしくなって、心の整理がついたから、真っ直ぐ小野村へ手を伸ばしたくなった。
けれど手を伸ばしたくても今はそばにいない。隣りにあるのは小さな机とカーテンで、自分の欲しい温もりとはほど遠い。
「ねぇ、真さん。何か話しててくださいよ。真さんが嫌なら、俺だけする。」
『・・・。』
「真さんは、俺が欲しくない? 俺は真さんのこと、欲しくてたまらない。真さんに触ってもらえるって想像したら、それだけでそういう気分になります。」
『・・・理央。今、ベッド?』
「うん。もうキツいから降ろしちゃった。」
硬いものが下着を押し上げていたので、煩わしくなって下へずらす。元気良く飛び出してきたものを見て、相変わらず自分は現金な生き物だなと声を出さずに笑う。
いる場所を聞いてくれたということは、その気になってくれただろうか。期待して耳を澄ませると、溜息混じりの声で小野村が降参を告げてくる。
『・・・一回だけだからな。』
「うん。真さんも脱いだ?」
『聞くなよ。』
なんだかんだと理央の望みを叶えてくれようとする律儀な恋人。そういう真面目さもたまらなく好きだ。
一緒にいる時は十分に肌を合わせるから、自分の手で慰めるのは久しぶりだった。ちょっと照れくさくもなるけれど、気持ち良いことには逆らえない。ましてや電話口に小野村が聞いているのかと思うと興奮してしまう。変態じみた思考回路になってきた気がするものの、臨戦態勢で我慢するのもつらい。
「真さん。先っぽ撫でて。」
『おまえ、好きだよね、そこ。』
「ッ、うん・・・」
目を瞑って、小野村の触り方を真似てみる。けれど自分の手と小野村の手の違いがわかるほど触れ合っているから、少し寂しさをおぼえる。
「違う・・・。」
『うん?』
「真さんの手って、もう少し、ヒンヤリしてて・・・」
触れられた瞬間、いつもその冷たい掌に緊張して、次第に理央の体温と馴染んでいくという過程がある。それが心地良く、快楽のスイッチが入るちょうどいい刺激になるのだ。今日は呼び水となる過程がないから、物足りないのだとわかってしまう。
『理央、先のくぼんだところ、掌で強く触ってごらん。そこ好きだろ?』
熱っぽい息と共に、小野村の声が誘ってくる。促されるままに触れると、太腿に緊張が走って、背中にゾクゾクと快感が広がった。
「ふぁ・・・ん・・・」
『いい声。擦ると、もっと気持ちいいよ。』
片手だけの刺激では足りなくなって、スピーカーに切り替えて、両手を空けた。
手の中で自分のものが硬く反って脈を打ち始める。生々しい感覚に、小野村へ触れたい欲求が増していった。
「ね、真さんも、気持ちいい?」
『気持ちいいよ。おまえに触りたくなってきた。』
「んッ、同じ。」
『前だけで足りる?』
「足りない・・・挿れてよ、真、さん・・・」
『帰ってきたら、おまえのしたいようにしようか。』
「ホント? 飛んじゃうくらい、したい。途中で、降参は、なしね?」
『それは大変だな。』
小野村の色っぽい笑い声が聞こえる。腰に響いたその声は、理央の手中にあるものを、ひと際大きく硬くさせた。
「ん、イく。イって、いい?」
『もう? 溜まってた?』
「だって、毎日しても、いい、くらい・・・」
『困ったやつだな・・・』
困ったやつだと言いながら、満更でもなさそうな声に安堵して、気は高まっていく。
手で激しく扱いていくと、もう先端からは我慢ならないと蜜を零して手が湿っていった。
「気持ちい・・・真、さん・・・」
『そんな声で誘うなよ。会いたくなるだろ?』
「会いたい・・・独り占め、して・・・他の人、見ないで・・・」
『見てないよ。おまえだけしか見てない。』
「・・・うん。」
『よそ見なんかしてないだろ?』
「うん・・・ぁ、イく・・・ッ・・・」
何を話しているのか、自分でもよくわからないまま、小野村の優しい声が脳に折り重なって届く。先端の膨らみがさらに膨張して、小刻みに震えながら絶頂の予感を報せてくる。
せり上がってきた熱を迷うことなく解き放って、理央は手を白く濡らした。
「あぁ・・・出ちゃった・・・」
『満足したか?』
「うん・・・あれ、真さんは?」
『俺のことはいいよ。』
「もしかして・・・」
話を合わせていただけで、小野村はしていないのかも、と肝心なところに思い至る。電話の向こうに聞こえるくらい盛大な溜息をつくと、この歳でどうのこうのと、小野村から言い訳がましい言葉が羅列されてくる。
「酷い、真さん。したかったの俺だけ?」
小野村は自分と違って、性に対してそこまでオープンな志向をしていない。少々彼にとって電話口で乱れるというのはハードルが高かったのかもしれない。
『怒るなよ。抱きたいけど・・・これは、そういうんじゃないだろ?』
羞恥心をこらえて言葉責めに参戦してくれただけ良しとしなければならないだろうと思い直し、小野村をこれ以上責めるのはやめることにした。
勝手に盛り上がってしまった熱も、吐き出してスッキリしてしまえば、落ち着いてくる。けれど気分はちゃんと前向きだった。残りの滞在も頑張ろうと早速思い始めた単純な自分の頭に笑える。
「真さん、明日もしたら怒る?」
『おまえな・・・』
「ちょっとは悶々としてくれます?」
『ちょっとどころじゃないよ。』
少し拗ねたような口調の小野村を電話口で笑って、気分がいいうちに電話を切ることにした。
「おやすみなさい。」
『おやすみ。』
際どくてもいいから小野村の夢が見たいなと思いながら、汚したものを片付けて、理央はいそいそと掛布団の中へ潜り込んだ。
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朝霧とおる