日本食は味が優しくて美味しいとしみじみ思いながら、理央は昼の休憩時間を食堂で過ごしていた。
「島津くん、久しぶり。こっち戻ってきてるの?」
話しかけてきた女性が誰だかわからず一瞬困惑したものの、話し方からして恐らく研修以降一度も会っていない同期だろうと目星をつける。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。同期のメンバー、みんな元気だよ。こっちでセッティングするから、同期飲みやらない?」
「ごめん。連日他の飲みが入っちゃってて、厳しい。」
本当は最終日以外、予定は入っていない。咄嗟について出た嘘に自分でも少し驚く。どうやら自分は彼女を警戒しているらしいと他人事のように分析していた。
「そっかぁ、残念。ねぇ、せっかく会ったから、連絡先教えてよ。」
ここまで下心を隠さないのもあっぱれだなと思いつつ、首を横へ振る。
「用事あったら、マレーシア支店に電話してよ。」
「島津くん、変わってないなぁ。ホントことごとく返り討ちにしてくれるよね。お酒飲ませても全然ボロ出さないし。彼女いる?」
「いないよ。」
「モテるのに。」
「そう?」
堂嶋や勝田は例外だ。小野村との関係を滲ませるようなことは絶対口にしないと決めている。自分が傷付くのは構わない。けれど小野村に迷惑をかけたら、自分で自分が許せなくなってしまう。好きな人を守りたい。だから当たり前の防衛策だった。
「実は私、これでも結婚してるの。」
殊勝な顔で左手薬指をさされ、警戒し過ぎていたことが恥ずかしくなる。
「おめでとう。」
「ありがとう。」
「仕事、やめないんだ?」
「このご時世、寿退社とかないでしょ。」
「ごめん、凄く今さらだけど、名前なんだっけ?」
「うわぁ。もう島津くん、最低。十年前、早まらなくて良かった。」
名前は教えないと言って去っていった彼女の胸元には佐藤と書かれた名札が付いていた。しかし結婚したなら旧姓は違うと考えた方がいいだろう。
本社で会った営業の同期も結婚していた。もうそういう年頃に突入しているのだなとしみじみ思う一方で、どこか遠い話に思えた。
小野村といてもいなくても、恐らく自分は結婚とは無縁だ。国籍はアメリカだから同性同士が不可能ではないにしろ、紙切れ一枚で愛を誓うなんて、自分の心情にそぐわない。
好きな人と一緒に暮らして、時々不安になりながらも、また関係を深めていくことの繰り返し。理央はその生活がとても気に入っていた。
「島津、俺の代わりに接待行くのはどう?」
背後から音もなく近づいてきた勝田に仰天して、目を見開いて振り返る。
「お断り、します・・・」
食堂で食べるイメージのない勝田だったが、彼のトレイに乗ったものを見て、さらに首を傾げる。彼も三百円のラーメンを食べたりするのだなと妙な感心をした。
「島津、何? なんか俺の顔に付いてる?」
「意外です。ラーメン食べるんですね。」
「食べるよ。好物だもん。誰かにも似たようなこと言われたな。」
少し考え込んで、そうだサツキだ、と小声で笑った勝田。その嬉しそうな顔に少し驚く。鬼の営業部長と呼ばれたこの人にも、頬を緩ませる人がいるのだと思うと、そのことも理央にとっては意外だった。
「勝田さん。やっぱり常盤さん、なかなかの強者で。」
「小野村は何て言ってる?」
「昨日メールが届いて、一から叩き込むって。俺も帰ったら頑張んなきゃ。」
「頑張れ。君たちは頑張るのが仕事。ついでに常盤の分も数字よろしくね。」
「あぁ、そうですよね・・・。一年目から数字付くとか、周りが地獄ですよ。」
「みんないつかは、それなりになるんだって。」
「ホントですか?」
「ホント、ホント。」
色んな人をあの手この手で育ててきた勝田が言うなら、本当にそうなるのかもしれない。いつかは凛々しく働く後輩を想像して、道のりは長いと目の前の先輩と笑うしかなかった。
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朝霧とおる