堂嶋と揃って空いている席に腰を降ろし、田浦が乾杯の音頭をとってくれたところで、常盤の歓迎会が始まった。
ビール瓶を持ちながらやってきた常盤。その後にピッタリとついて回る理央は、なんだか落ち着かない面持ちだ。子どもでもあるまいし、お酌くらい好きにさせてやっても大丈夫だろうにと思っていると、堂嶋が面白いものを見るように耳打ちしてくる。
「島津のやつ、必死だな。」
「必死? 何に?」
「おまえ、結構鈍いよなぁ。早速嵐が・・・おっ、どうもぉ。常盤ちゃん、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
話の途中で堂嶋が常盤のお酌を受け始めてしまって、スッキリしない。後で問いただせばいいかと常盤と理央の方へ向き直る。
「小野村さん、すみません。一番最初に来るべきだと思ったんですが、端からでいいと言われまして・・・。」
「ここは誰もそんなこと気にしないよ。かしこまるのはお客さんの前だけで。ただこっちはイスラム教徒の人が多いから、あんまりこういう出番はないと思うけどね。」
「ありがとうございます。言われてみればそうですね。」
「日本帰ったら、嫌というほどやらされるだろうから、ここでは息抜いて。」
「日本にいた営業の方から、支店長、凄い方だと聞いていて、緊張してたんですけど・・・優しい方でホッとしました。」
「残念だけど、常盤ちゃん。安心するのは早いかもよ。こいつ仕事はめちゃくちゃ厳しいから。」
堂嶋が笑いながら脅しをかけると、常盤もようやく緊張の面持ちを解いて笑顔を見せる。一方の理央は面白くなさそうに、こちらのやりとりを横目で見ていた。どう考えても機嫌が悪い。
「常盤さん、理央は、あー・・・島津はどう?」
「皆さん、ファーストネームで呼び合ってるんですか?」
「現地組と、ここだけ。小野村と島津は仲良いんだよ。昔、島津が新人だった時、担当の教育係が小野村だった、ってわけ。」
「そうなんですか。ずっと仲が良いなんて、羨ましいです。」
常盤の言葉に冷ややかな視線を投げた理央は、全く不機嫌なツラを隠そうとしていない。しかし常盤がいる手前、込み入ったことを聞くわけにもいかず、不貞腐れている理央を置き去りにせざるを得なかった。
「一応、常盤さんは営業希望ってことで聞いてて島津の下に付けてるけど、この先ずっとそのポジションかはわからない。働いてみると、案外別の仕事の方が向いてる可能性もあるし、意図しない異動もあるかもしれないけど、喰らい付いてきてくれることを期待してるから。」
「はい、頑張ります。」
だから何故そこで理央は常盤を睨むのだろう。特段、彼の機嫌を損ねるような会話がされているとは思わない。
「理央。明日、早速お客さんのところ、行くんだろ?」
「はい。」
一聞けば十返ってくる普段とは全く様子が違う。口数も少なく、常盤に投げる視線が鋭い。今日一日で、常盤に対して気にくわないことでもあったのだろうか。
「常盤さん、今日はどうだった?」
「理解してるつもりでも、実際やってみると、なかなか思うようにできないな、と思って・・・。」
苦笑いの彼女をフォローするでもなく黙ってグラスに口を付けているのは、理央らしからぬ行動だ。どちらかというと、普段は人のミスも背負いそうな勢いなのに。
これは腹にイチモツ抱えていそうだと、内心溜息をつく。仕事面ではなく私情だったら厄介だと思いながら、違和感に気付かぬフリをして話題をそらす。
「ラーマンとオットのところには行ったか?」
「いえ、まだです。常盤さん、行こうか。」
「え? あ、はい・・・。」
素早く立ち上がり、席を離れていく理央を、常盤が慌てて追いかける。理央の背中にも機嫌の悪さはハッキリと見て取れた。
「なんかあいつ、機嫌悪いな。」
「小野村、フォローは常盤ちゃんじゃなくて、島津にしろよ。」
「仕事中、なんかあったのか?」
「まぁ、ある意味・・・最初からあったと言えばあったな。」
「意味がわからないんだが・・・。」
「俺、今忙しいから、島津のフォローは勘弁しろよ? とにかく、ちゃんと島津の話、聞いてやれ。」
「はぁ・・・」
頼みの綱の堂嶋はさっさと席を離れて、別のテーブルへと行ってしまう。気配を窺おうと理央のもとへ辿り着く前に、酒の入った田浦に絡まれ、結局飲み会で理央と接触することは叶わなかった。
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朝霧とおる