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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

ツインタワーⅢ-17

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ツインタワーⅢ-17

快晴で風もさほど強くない空で絶好のフライト日和だったが、荷物を運び込むベルトコンベアの故障で出発が遅れてしまった。

思わずできた時間でさらに土産物の物色をしていると、ラーマンとオットが盛り上がるさまが容易に目に浮かんでしまい、さらに土産物を追加して大荷物になってしまった。

小野村への土産物は特になにもない。出発前に強請ってくれたら良かったのだが、何もいらないと言われてしまったからだ。

彼は甘い物をあまり口にしない。手に入れた土産物のほとんどを彼が口にすることはないだろう。

「連絡入れなきゃな。」

メールで飛行機が遅れている旨は送ったが、時間が余り過ぎて暇なので、電話も入れることにした。

『はい、常盤食品営業部、田浦でございます。』

溌剌としたいつもの彼女がなりを潜め、外向きの落ち着いた声が聞こえてくる。

「お疲れ様です、島津です。」

『島津くん、お疲れ様。あれ? まだフライト中じゃないの?』

「それがベルトコンベアのトラブルで、まだ出発ロビーにいて。欠航にはならないみたいで・・・あ、搭乗案内始まりました。というわけなんで、ちょっと到着が遅れると思います。真さんにも伝えてください。」

『わかったわ。気を付けて帰ってきてね。小野村さん、だいぶお疲れ。早くチェンジしてあげて。』

「そうみたいですね。じゃあ、また後ほど。」

『はい、じゃあね。』

本当は小野村の声を聞けるのではないかと少しだけ期待していた。ちょっと残念だが、仕方ない。
通話を切って、ホーム画面に戻るとマレーシアの夜景を写した画像が表示される。日本は小野村に出会った思い出の場所。けれど自分の心はいつも彼のいる場所にある。

ビジネスクラスに続いてエコノミークラスの搭乗案内が始まり、理央は席から立ち上がって短い空の旅へ向かうことにした。


 * * *

上も下も青一色の景色が広がる。理央を乗せた飛行機は快晴の中、海の上を行く。この五年。幾度か日本に出張はあった。そしていつも小野村が待つ場所へ帰ることができる喜びを噛み締める。

かつて自分は失意の中、飛行機に乗った。シンガポールへ行ってしまった小野村のことを想い、もう会うことも叶わないかもしれないと、雲海を眺めながら涙をこぼした。

マレーシアに来てからも、小野村の結婚話を聞いて泣いた。本当に世界の何もかもがくすんで見えてボヤけていた。

人生ってわからないものだなと思う。一度離れ、結婚だってしたのに、今、小野村は理央の恋人だ。

空へ向かって微笑んで、決して小さくない幸せに胸がいっぱいになる。早く会いたいと気持ちだけは駆けているけれど、まだ二時間は飛行機で飛ばねばならない。ジッと座っていることしかできないのがもどかしい。

窓から目を離して、前へ向き直る。隣りの席でずっと作業を続けている青年が色鉛筆をピンクからブルーへ持ち替えるところだった。

花を描いているなと気付いていたが、どうやら完成形はブーケらしい。ケースに無造作に仕舞ってある色鉛筆は短いものも多く、使い込んであるように見えた。

花の名は詳しくないからわからないが、マレーシアでもよく見かける南国の花々だ。それらを織り交ぜて描かれたブーケは力強さに溢れている。鮮やかな花が多いからかもしれない。

ジッと見入っていると、視線を感じたのか青年が顔を上げる。気を悪くしたかと思って、理央は慌てて弁解した。

「すみません。綺麗だったから、つい。」

「いいえ。こちらこそ、すみません。隣りでこんなことやってたら、気になりますよね。」

「そんな事ないです。どうぞ続けてください。」

ありがとう、と言って微笑んだ彼は、また色鉛筆を替えてスケッチブックに描き込み始めた。白い紙に次々と花が生まれていくさまは不思議なものだ。魔法の手に暫し魅せられて静かな空の旅を満喫する。

フライトが遅れてアンラッキーだと思っていたけれど、思わぬ幸運を貰った気がして、空に向かって満ち足りた溜息をつく。

恋人は今頃常盤に手を焼いて、疲れの溜息をついている頃だろうか。仕事に関してはどちらかというと淡々としている彼が、人間らしい感情を表すのは稀だ。珍しく甘えられている気がして、小野村には悪いが、ちょっと嬉しかったりする。

耳に心地良く届いていた色鉛筆の音が止まる。隣りの席を振り向くと、小声で、終わりましたと微笑んでくる。

「それ、誰かにあげるものですか?」

「いえ、違います。友人の挙式があって、ブーケ作りを頼まれてるんです。」

「あなたが作るんですか?」

フラワーアレンジメントをやっていると言われたら、頷きたくなる雰囲気をしている。

「こう見えても花屋なんです。」

「お花屋さん? ちっとも意外じゃないです。あなたのイメージにぴったりですね。」

穏やかな笑顔で花に囲まれているのを想像すると、とてもしっくりくる。

二人で微笑み合っていると飲み物のサーブに添乗員がやってきた。ホットコーヒーをオーダーして、口に運ぶ。暑い国に向かっているといっても、上空は寒い。足元を冷たい風が撫でていくので、温かいコーヒーに強張った身体から力が抜けていった。

赤に青、紫に黄、ピンク、白。色鮮やかな花が散りばめられているのに、うまくまとまっていて、一つのブーケが白いスケッチブックに鎮座している。感動して覗き込んでいると、花屋の彼がスケッチブックからブーケの描かれたページを切り取った。

「これ、貰っていただけます?」

「え? 貰っちゃっていいんですか?」

鼓動が跳ねたのは、挙式用と聞いたから。理央と小野村がそういうことに至ることはこの先絶対にない。だから本当はちょっと羨ましく思っていた。その心が読み取られたのかと思って落ち着かない。

「もうイメージは決まりましたから。褒めてくださったし、旅土産ということで。出張ですか?」

スーツ姿だから理央がサラリーマンなのは一目瞭然だ。

「嬉しい。いただきます。日本に出張してたんです。」

「そっか、マレーシアがホームなんですね。逆かと思いました。」

ブーケの下にS.K.と描かれていて、おそらく彼のイニシャルなんだろう。思わぬ出張土産に理央は頬を緩め、これを小野村と自分への土産物ということにして部屋に飾ろうと決めた。













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