*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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手に取った筆でダークレッドの口紅を引いて仕上げていく。魅惑的な面立ちを前に、自分の目に狂いがなかったと紳助は内心笑みを溢した。
「恵一。鏡見てみろ。」
自室の姿見の前に恵一を立たせて、自作の衣装を纏いメイクアップをした姿を確認させた。
「・・・別人みたい。」
「衣装、おまえの顔に映えるね。」
「・・・。」
複雑そうな顔をした恵一に気付かぬフリをして、何事もなかったように紳助はメイク道具を片付け始める。
恵一は自分自身を誰よりも低く見積もっている。それを知っているから、紳助は少しずつ好意を重ねていくことにしている。綺麗だなどと本心が口を滑れば、恵一は途端に拒絶反応を起こすだろう。
「学校のスタジオ、明日すぐ予約取っておけよ。撮ってやる。」
「・・・。」
「締切気にしないなら、モデル探せば。」
嫌味な言い方なのは紳助自身、自覚があってわざとやっている。
衣装のクオリティも、限られた時間の中で人脈を活かしてモデルを用意するのも、本人の実力。運を引き寄せる強さも実力だと紳助は思っている。
理想を描くことも大事だが、現実の自分と折り合いをつけながらその場に立ち止まらない事も、同じくらい重要だ。
そういう意味で提出日があることは意味がある。自分を省みて新たな課題を見つけるチャンスだからだ。
「明日、予約しておく。手伝わせて、ごめん。」
「別に。撮りたいポーズ、リストアップしとけよ。」
「うん。ありがと。」
「顔洗ってこい。」
頷いて、洗面所に消えていく恵一の背中を見送って、今度こそ口元に笑みを溢す。
可愛くて仕方がない。渋々というフリをして、本当は紳助が告げた肯定的な言葉に喜んでいることが手に取ってわかる。
ほんの僅かに揺れた瞳が色っぽくて、つい手を出しそうになった。堪えた自分を褒めてほしいくらいだ。
芸術祭のファッションショーで使った残り物のクレンジングオイルを洗面所に出しておいた。もう顔は洗い終える頃だろう。
紳助は向かった洗面所で、衣装を脱いで白い肌を晒す恵一の背中を躊躇わず抱き寄せた。
「紳助・・・」
背中に口付けをする。しっとりとした肌が唇に吸い付いて、甘い溜息を落とした。
乱暴をするのは好きではない。恵一が抵抗を示せばすぐに離してやるつもりだ。様子を伺いながら抱擁すると、恵一が紳助の胸の中に寄りかかってきた。
手を出すのは、いつも紳助の方。しかし言葉を一切交わさないこの情事に、恵一は抵抗を示した事が一度もない。納得してこの手に溶かされていく。だから紳助も深追いはしなかった。
もうとっくの昔に心は囚われている。けれど恵一にその事を語った事はないし、彼にとって自分との情事にどう意味付けしているかを問うたことはない。
自分は女も抱けるからゲイではない、と思う。けれど心も身体も恵一のものだと思っている。だから好きだと自覚してから、他の人を抱いていない。
好きだと言わないのは、この関係に終止符を打つ口実を与えたくないから。
恵一は自己肯定感が低い。そんな彼にこの溢れそうな気持ちを押し付けたところで、怯えをなすだけだろう。
恵一の下着を慣れた手付きで取り払って、遠くないベッドまで彼の手を引いていく。そっとベッドへ押し倒せば、恵一が恥ずかしそうにこちらから目を逸らす。
何度抱いても恥じらう顔が堪らない。恵一の初めての相手は、間違えなく自分。その事実が紳助の薄暗い独占欲を満たす。
自分以外知る必要なんてない。甘く溶かして、いつかこの手に堕ちてくればいい。そう願っている。
「ッ・・・ぁ・・・」
期待に少し兆していた恵一の分身をやんわりと手で包み込む。紳助の施す刺激に堪え切れず、恵一のふっくらとした潤いのある唇からは断続的に声が漏れ出た。それが愛おしくて仕方がない。
静かで濃厚な触れ合い。紳助はその始まりを告げる、深い深い口付けを恵一に贈った。
好きなモノは読書、寺巡り、テニス、麻雀、セックス。最近それらに一つ加わったものがある。
保坂恵一。
冷めた目、それを引き立たせる中性的な容姿、ヴェールに包まれた内面。一目で惹かれた。
手に入れたくてもなかなかこの手に堕ちてこない。そこも気に入った。
自分の横で頬杖をつき、何やら思案している姿も絵になる。溜息をつきたくなるような均整の取れた面立ち。
その姿を視界に捉えてから、彼の心が欲しいと願わずにはいられなかった。セックスだけでは足りない。
今、三島紳助は保坂恵一の虜だ。
* * *
多くの学生が集う学食であっても、恵一を見つけることはそう難しくない。女の子たちのざわめきを辿ればあいつは必ずそこにいる。
「恵一。一緒にいい?」
「あ、紳助。」
彼の返事を聞く前に、紳助は恵一の前に定食を持って座った。
恵一と向かい合って席を陣取る勇気のあるやつはそうそういない。
「紳助が来ると周り煩くなってヤダな。落ち着いて食べられない。」
「邪険にするなよ。おまえも似たようなもんだろ。」
チラチラと周りの視線を感じるものの慣れたものだ。目立つ自覚はあるし、それを大いに利用してきているから問題はない。
「ポートフォリオはどう?」
「半分くらい、かな。」
「そのペースで間に合うのか?」
「終わらせるしかないよね。」
「まぁな。」
恵一の所属する空間デザイン学科は一年の終わりに今までの制作物を冊子にまとめたポートフォリオの提出がある。建築学科の紳助もそれは同様だった。
しかし三年目になる紳助とは違い、入って一年目の恵一はそれを制作するのも一苦労だろう。
「パソコン持って、来いよ。」
「・・・強引。」
「見てやるって。」
「はぁ・・・でもホントにマズいから・・・行く。」
態度では渋々、しかしそれは恵一の照れ隠しのポーカーフェイスであることを知っている。だから紳助はそれが可愛く思えて仕方がない。
「紳助は余裕だね。」
「俺も一日二十四時間じゃ足りないくらい、やりたい事多いけどね。まぁ、所詮課題は課題だから。」
「確かにそうだけど・・・。俺はその所詮課題にすら手一杯かも。紳助みたいに器用じゃないし。あぁ、早く写真撮りに行きたいな。」
厳しい受験競争を勝ち抜いてきて、そこでもぬけの殻になる奴も多い。そういう意味では恵一も自分も脱落組ではない。
「今日、衣装の講評でさ。」
「どうだった?」
「女性に着せるつもりで作ったんだけど、華奢な男に着せた方が面白いかもって言われて。最終日までにモデルとメイク変えて、もう一回提出し直す。」
「それなら自分で着りゃあ良いだろ。」
「・・・。」
華奢で整った顔、憂いのある瞳は、中性的で魅惑的だ。内に秘めた芯のある勝気な性格のギャップは堪らない。そんな事を知っているのは恵一の周りにいるごく一部の人間だけだが、紳助もその数少ない人間の内の一人だった。
その魅力的な顔を積極的に晒そうとしない理由はわかる。見た目の印象が先走って正しい評価を得られない事を、こいつは何より嫌っているから。
「ナルシストっぽい。」
そう言って睨んでくる恵一の顔を可愛いと思ったのは胸の内に秘めておく事にする。
「今からモデル探すよりよっぽど現実的だろ? 準備に時間を割ければクオリティもあがる。衣装も今日、持ってこいよ。」
「・・・。」
忌々しげに睨みつつも、結局恵一は深い溜息をついて紳助を見て頷いた。葛藤はあるものの時間を考えれば納得せざるを得ないということだろう。
こいつは自己評価が著しく低い。それは家庭環境だったり今までの恋愛遍歴だったりが関係ある。
今日は発破をかける役に徹するか、と心に決めて、目の前でラーメンをすする恵一を見遣った。