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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

この手を取るなら16

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この手を取るなら16

合宿で気付いてしまった自分の気持ちには一旦蓋をしてなかったことにした。相変わらず淡々とした紳助を見て冷静になったともいえる。

面倒な奴だと思われたら、紳助が自分のもとから去っていくかもしれない。気持ちが通じ合えないことよりも、その方がよほど自分にとっては恐ろしかった。

よく晴れた日にスタジオでこもりっぱなしなのは勿体ない気もしたが、初めて間近で見るカメラマンの仕事に、終始興奮してしまう。その世界に惹き込まれるのに、さほど時間はかからなかった。

紳助と歩、そして自分の三人がカメラマンのアシスタントとして急遽入っていたが、紳助と歩は外での撮影に駆り出されていた。

勝手を知っているであろう紳助と離れてしまうのが少し心許なかったが、始まってしまえばそんな気持ちが吹き飛ぶほど作業に没頭した。

カメラを構える神田も話していた時とは雰囲気がガラリと変わり視線が鋭くなった。モデルは笑顔なのだが、神田と勝負をしているような張り詰めた空気。

けれどその緊張感ある空気が恵一の胸を躍らせた。そしてシャッター音がスタジオに響くたびに変わっていく迫力ある空気に総毛立つほど感動した。

最後の撮影が終わったらしく、モデルさんたちが一様に神田の方へ頭を下げてくる。そして神田も手を上げて四方にお辞儀をした。

神田が恵一を見て挑むような視線を投げてくる。

「やってみたくなるでしょ?」

「はい。なんか、凄くドキドキする。」

「撮ってあげる。入ってみてよ。」

「え? でも・・・」

自分もカメラを構えてみたいという意味で言ったのだが、違う意味で伝わってしまったようで少し慌てる。

「君を撮ってみたい。」

訂正しようと思った矢先、神田の思いのほか真剣な眼差しに驚き口籠る。

「俺・・・モデルなんてやったことないですけど・・・」

「知ってる。何事も挑戦だと思って。ね?」

笑顔だが有無を言わせない迫力に、結局屈してしまった。戸惑いながら、スポットライトの当たる真下に立って、神田と向かい合った。

見える景色が違って目を瞬かせる。何が始まるのだろうと騒めく声は聞こえるのに、薄暗くて周りを取り囲む人間の姿がよく見えない。自分の立っている場所だけが眩いばかりの光の世界で、たった一人異世界に立っている気分だった。

「いきなり真正面だと緊張するだろうから、身体の左側をこちらへ向けて立ってみて。そう。」

周囲の騒めきが気にならないほど、神田の声だけがクリアに聴こえる。

「顔だけこっち向けて。身体は楽にしてて。カメラのココ、見ててごらん。」

言われるがままにカメラのレンズを食い入るように見つめた。するとすぐにシャッター音が響く。

カシャリと心地良い響きがスタジオ内で鳴る。

緊張はしなかった。

一種のトランス状態ともいえる感覚が自分でも不思議で、自然にカメラと一対一になれる。神田の目は見えないのだが、しっかり目を合わせて通じ合っているように思えた。

「上半身だけ、前向けて。目はそのままレンズ見てて。」

神田の声がBGMのように聴こえる。世界から自分以外のものが一瞬消えた。シャッター音ですぐに呼び戻されたけれど、驚くほど無心になれる。身体が軽くなって舞い上がっていきそうだった。

あとは自然に身体が動いた。神田もそれ以上指示出しすることはなくなって、シャッターを切る音だけが世界の全てになった。

世界が現実に戻ったのは、神田のカメラが降ろされた時だった。

「恵一くん、お疲れ。」

幸せなほど心も身体も解放されて、こちらが礼を言いたいくらいの気分。

「神田さん、ありがとうございます。」

「見る?」

「はい。」

光の世界を抜けると、目が慣れるまで暗闇に身を置いているような気分だったが、徐々に夢から醒めていく。そしてすぐそばに紳助と歩が立っていて、大勢のスタッフとモデルたちに囲まれていた。

「神田さん。この子、ただのアルバイトの子じゃなかったんだね。」

「どこの事務所の子?」

「保坂くんは俺の大学の後輩。素人だよ。でも凄いだろ?」

「え!? 素人?」

モデルの女の子たちに囲まれて血の気が引いてくる。ここまで露骨に標的にされたことはなかったからだ。

「おら、保坂くん引いてるから。保坂くん、コレ見てみ?」

神田がパソコンの前に押し出してくれたので助かった。ホッとしながらパソコンのディスプレイを覗き込むと、自分ではない自分がいた。

異様な感覚の中にいたとは思っていたけれど、神田の凄さに圧倒された。

「良い顔してんじゃん。」

紳助の声がすぐ後ろでして振り返ると、彼も食い入るようにディスプレイの中にいる恵一を見つめていた。

いつもなら自分の写真を見られるなんて恥ずかしい。けれど神田の撮ってくれた姿は自然と誇らしく思えて、褒められた事が素直に嬉しかった。

「神田さん。この写真、一枚だけでも良いんで貰っちゃダメですか?」

「一枚と言わず、何枚でも。気に入ったのがあったら言って。」

「ありがとうございます。」

「良かったな。」

紳助の口調で、彼がいつになく嬉しそうだという事に気付く。恵一以上に熱心にディスプレイの写真を見始めた彼の横顔を見て、ふと気付く。

もしかしたら紳助はこうなる事がわかっていて、神田と恵一を引き合わせたのではないかということだ。

まさか、という気持ちと、この男ならやりかねないという気持ち。

その横顔を見て純粋に疑問が湧いた。

紳助は自分を抱いて、こうやって新しい世界を見せてくれて、一体自分をどこへ連れて行く気なのだろうかと。

「・・・どうして?」

「ん?」

小さ過ぎる恵一の声は周囲の騒々しさに掻き消されてしまい、届かなかったようだった。

「どうした?」

「・・・ううん。何でもない。写真、選ぼう。」

「ああ。これも良い顔してる。」

紳助の品定めする視線が想像していたより真剣だった。紳助の横顔を見て思う。生き生きとした目はやっぱりこの男に似合う。彼の見つめる先が自分の姿である事が嬉しい。そして紳助の事を心底好きだと思った。
















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