情事の痕などなく、唯一自分が何も身に纏っていないことだけがその名残といえた。紳助の腕の中で眠って、またその腕の中で目覚めたいと願ってしまった自分に戸惑う。昨日歩に言われた言葉が頭をよぎった。
洗面所からドライヤーの音がする。紳助が髪のセットをしているのかもしれない。自分だけ素っ裸なのは居た堪れない。急いでバッグの中を漁り、服を身に付けた。
一週間の合宿中、昼間はいつも通りの紳助だった。夜もいつも通りといえばそうなのだが、毎夜愛される事が怖かった。
紳助を好きになってしまったら、失うかもしれないと怯える日々が始まる。もしかしたら、すでに始まっているのかもしれない。
「あ・・・ッ・・・」
最後の夜も、紳助は自然に手を伸ばしてきた。いつも自分は与えられるだけ与えられ溶かされていく。
器用で優しい手は隙がなく、満たされた時間のはずだった。けれど今夜はそれだけではどうにも物足りなくて、自分から手を伸ばしたくなる。
いつもならこんな事しない。今まで紳助の施してくれる愛撫の手を止めた事がなかった。だから恵一が意図を持って手を伸ばしてきた事に、紳助は声こそ出さなかったが驚いたようだった。
紳助に組み敷かれたまま、紳助の兆した分身を手で包んで擦る。みるみる質量が増して紳助の気が高まっていくのを感じる。
紳助と目を合わせる度胸まではなくて、彼の胸元に視線を定める。手の中で硬くなっていく彼だけに集中する。
「ッ・・・」
頭上で紳助が息を詰める。漏れ出た息が壮絶に色っぽくて、もっと紳助が感じる様子をみたいと思った。
思い切って、身体を起こす。紳助は黙って恵一のする事を見守ってくれた。
紳助を組み敷いたのは初めてだった。組み敷かれていた時より、彼の肩幅の広さや胸板の厚さを感じる。どこからどう見ても男。けれどこの男に抱かれる事を自分は気に入っている。
いつも紳助が与えてくれるように彼の真似事して愛撫していく。紳助が息を乱すたび、自分の身体も熱くなった。
自分の手に反応してくれる事が嬉しい。愛おしくなって、もっと触れたいと思うようになる。
紳助も自分を抱きながらこんな気持ちになっていたのだろうか。そうだと良いなと思った事に、もう逐一疑問を持つ事はやめた。感じたまま受け止めて、紳助の昂ぶっていく様を確かめたい。
彼の硬茎を再び扱く。先端から溢れた先走りの蜜を躊躇うことなく舌ですくい取る。紳助の下腹部に緊張が走ったのを確かめて、心が一気に熱く満たされた。
紳助の分身を口に含むのも抵抗はなかった。
「ッ・・・ぅ・・・」
紳助がどんな顔をしているのか見たい。その欲求に勝てず口に彼を受け止めたまま見上げたら、こちらを眺める紳助と目が合った。
想像以上に欲情した眼差しにドキリとする。口の中でさらに質量を増したので、紳助にとって気持ちの良い行為なのだとわかった。
もっと気持ち良くしてあげたい。いつも自分を溶かしてくれるように、紳助を愛したい。
きっと彼のように器用にはできない。能動的にセックスをするのは初めてだった。そもそも自分は紳助しか知らない。だから比べるだけの経験もないから紳助が与えてくれるものが全てだった。彼もそれは気付いているだろう。恵一が不慣れなのは明らかだったからだ。
「・・・ッ・・・はぁ・・・」
夢中になって紳助の硬茎を頬張る。乱れていく紳助の息が嬉しくて、慣れないながら吸い付いて、唇で扱いた。
すると紳助の手が恵一の顔に掛かっていた髪をかき上げる。そのまま彼の手が優しく恵一の頭を彷徨い始めた。
「ぁ、恵一・・・」
こんな余裕のない声で紳助に呼ばれた事はないかもしれない。張り詰めた彼の分身を吸い上げると、焦ったように紳助が肩を押して恵一を引き剥がそうとする。
恵一は紳助を見上げて小さく首を横へ振る。そして俯いて再び強く吸い上げると、口の中で波打って紳助が極まった。
「くッ・・・ッ・・・」
眉を顰めて悩ましげな顔で達する紳助を満ち足りた気持ちで見上げる。青臭さが口いっぱいに広がったことも大して気にならなかった。
紳助が自分だけのものだと強烈に思う。けれどそう思えたのも一瞬で、また余裕のあるいつもの彼に抱き上げられたら寂しさが舞い戻ってきてしまった。
好きだ。この男が好き。
きっと手軽に抱けることを都合良く思っているだけだろう。期待するだけ傷付くのは自分だ。
結婚したって愛は永遠じゃない。
恋人ですらない自分には何の保証もない。
けれど好きだからこそ、この甘く優しい手から逃げられない。逃げ方もわからず溺れて、自分はいつか傷付く日のために、愛おしい気持ちを膨らませて絶望する。
紳助が壊れ物を抱くように抱き締めてくれる。その手があまりに心地良くて、涙が一筋、恵一の頬を伝った。
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朝霧とおる