瀬戸と会議室で落ち合って、かれこれ一時間近く話し込んでいる。しかし今日は残念ながら一度も目が合っていない。坂口は彼の視線を拾いに行こうと何度も試みて、その執着具合に自分でも引いていた。
「じゃあ、上に貼るシールはこっちの案で。」
「うん。」
打ち合わせも終盤に差し掛かり、クローズさせる方向で話を進めざるを得なくなる。しかし無駄に瀬戸を引き留めて彼の仕事を邪魔するのは本意ではない。
「四時までには、一度なんとかしますね。」
「そう? よろしく頼む。」
「はい。じゃあ。」
相変わらず、本当に何一つ雑談をしない後輩。あまり愛嬌はないけれど、締め切りは守るし、的を得た物を作ってくれる。無愛想だけど著しくコミュニケーション能力に欠けるかというとそういうわけでもない。だから企画部のメンバーや進捗連中の評判も悪くない。営業に同行して、客先で失礼な事に至ったという話も聞かない。
仕事に関して突っ込む要素が少な過ぎて、隙がない。ついでに浮いた話は一切聞かない。あえて欠点を言うなら、こちらが先輩面して構うには非常に難儀な後輩だ。
数分前から企画書などの書類を手元にまとめていた瀬戸は、いつも通りすぐに席を立って会議室を去ろうとする。
「あ、あのさ・・・。」
「はい。」
坂口の声に瀬戸が振り向いて視線が合う。目が合うだけで喜んで跳ねる坂口の心臓をよそに、瀬戸の瞳は大層無感情なものだった。
「あー・・・夜、飯でもどう?」
もはや坂口と瀬戸の間で、この会話は社交辞令でしかなくなっている。瀬戸が二人きりの食事に乗ってくることはない。
「すみません。今日も仕事、何時になるかわからないんで・・・。」
「そっか。じゃあ・・・。」
また誘うよ、という言葉が喉元まで出掛かって、結局声にはならなかった。たとえ言葉が紡ぎ出せていても、足早に去っていってしまった瀬戸の耳には届かなかっただろう。
ドアが瀬戸だけを排出して、坂口の目の前で無情にも閉まる。
「はぁ・・・。」
恒例行事が坂口の胸に微かな痛みを追加して、暫し閉まったドアを呆然と見つめる。
瀬戸は誰にでもあんな態度だから、坂口に向けるあの視線が特段冷たいものだというわけじゃない。というより、そう信じたい。しかし好かれている実感は当然なくて、幾度となく落ち込んでいる。
好きになったきっかけが何だったかなんて、もう忘れてしまった。
元々好みの顔と声音をしているという以外、明確に惹かれる要素があるわけじゃない。ただ黙々と仕事に取り組む姿勢とか、いつも笑わない彼が自分だけに笑ってくれたら、と想像するだけで胸にくるものがある。好きになるのに理由なんてない。関心すら示してもらえないというのに、短くはない年月を慕うことができるのだから、人の心は不可解なものだ。
「あ、これ・・・。」
いい加減フロアの席に戻ろうと書類をまとめて立ち上がる。しかしテーブルの上に瀬戸が使っていたボールペンを見つけて心臓が暴れ出す。接触できるチャンスができたと、たかがボールペンごときに舞い上がるっている自分が、惨め過ぎて笑える。
届けると言っても同じフロア。通常なら雑談でもして並んで戻る距離を、置いていかれた事実に気付いてしまう。一度たりとも瀬戸が坂口を待っていたことはない。彼の俯いた顔と、去っていく背中を見つめていることが大半だなんて、気付かなくていい事に気付いてしまった。
「やっぱり、俺・・・嫌われてたりして・・・。」
勝手に盛り上がって、自分の思い付きに傷付いて。恋らしいと言えば聞こえはいいのかもしれないけれど、そんな可愛いものではない。想い耽って生々しい行為に至ることもあるわけで、罪悪感や煮え切らない気分で眠る夜だってある。
健全な営みに励む昼間から陥る思考じゃない。
「あぁ、もう。考えるな。」
ボールペンひとつに一喜一憂している自分に溜息をついて、瀬戸が先に戻っているだろうフロアへ向けて歩き出した。
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朝霧とおる