瀬戸の強張った顔に緊張を読み取って、彼に微笑みながら坂口は落ち込んでいた。
「俺、何かしちゃったかな・・・。」
仕事の打ち合わせをしている時には感じないが、坂口がプライベートな事に踏み込む気配を見せた途端、瀬戸は緊張を纏う。いつも通りの反応とはいえ、ダメージはそれなりにある。
当然ながら職場で瀬戸のプライベートな一面を窺い知る機会はない。坂口が目で追い掛けている限りでは、誰と話していても瀬戸のポーカーフェイスは鉄壁だ。その完璧な仮面が坂口の前でごく稀に綻ぶので、気になって仕方がない。
ボールペンを握り締めていた手に今さら汗の気配を感じて焦る。汗をまみれのまま渡してしまったかもしれない。普段そんな些細な事は気にも留めないのに、好きな気持ちは自分を神経質にする。
「よぉ、坂口!」
「ッ!!」
書類の束で後頭部から盛大に叩かれて、前のめりになる。
「あれ、なんか落ち込んでる?」
「ほっとけ。」
長身の宇津井に叩かれれば、威力もそれなりのはずだ。坂口は営業の同期に白い眼を向けて溜息をつく。
「今日、一杯どうよ。」
「あぁ、行くか。」
瀬戸にフラれた直後なので、一杯どころでは済みそうにない。
午前中、宇津井は瀬戸を連れ回していたはず。坂口からしてみれば役得だ。仕事には違いないけれど二人きりを満喫した宇津井が羨ましくて、同時にそんな自分に虚しさが込み上げる。
「奥さんは?」
「あっち、飲み会なんだ。」
「そっか。」
宇津井は同期の中でも結婚が早かった。確か五年は過ぎているはず。夫婦仲は良いらしく、飲みに行っても愚痴らしい事は何一つ言わない。おおらかな性格は、そのまま懐の深さを表しているような気がする。
「駅前の焼き鳥でいい?」
宇津井に店を決めさせると大抵焼き鳥屋になる。しかし手っ取り早くアルコールを摂取したかったので、彼の提案にすぐ頷いた。
「ああ。じゃあ、現地集合で。」
「了解。」
瀬戸の名前は伝えず、宇津井にそれとなく打ち明けてみようか。もう季節は夏へ向かおうというのに、好きな気持ちは降り積もっていくばかりで溶ける気配はない。いつまで瀬戸の前で平然としていられるかもわからない。どこかで吐き出さないと、いつか爆発するかもしれないという恐怖が少しばかり芽を出していた。
「なぁ。」
「ん?」
すでに歩き出していた宇津井の背中に声を掛ける。気持ちを吐露したら、この想いが何か形を成して動き出すんじゃないかと足がすくむのも事実。けれど魔が差して何かとんでもない失態を侵すより、とも思うのだ。
「ちょっと、相談乗って。」
「坂口の顔見たらわかるよ。」
「え・・・。」
「なんか悩んでんのはわかる。」
「あぁ・・・。」
瀬戸への気持ちがバレたのかと思って一瞬構えたが、どうやらそうではないらしい。冷静に考えれば、そんな簡単に悟られるほど油断はしていない。
「じゃあ、あとでな。」
「おう。」
手を振り、長いストロークで宇津井が去っていく。
宇津井に打ち明けるまでの辛抱だと自分に言い聞かせて、定時までの残り僅かな時間を消化するために自分の席へと向かった。
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朝霧とおる