ビールジョッキを打ち鳴らしてアルコールが身体を侵食していくと、驚くほど肩の力が抜ける。年々増していく重圧が坂口の肩を張らせているのは事実だ。
「なぁ、宇津井。」
「ん?」
「おまえってさ、奥さんに自分から告った?」
「うん。そっか、そういう相談か。」
「・・・。」
恋愛話って、あまり男同士で打ち明けることはない。見栄の方が先に立って、自分でどうにかするか、ずっと動けないまま燻り続けるかのどちらかに終始してしまう。
瀬戸との事は、関係を明確に進めたいわけではない。ただもう少し仲良く話せれば、という程度のものだ。さほどハードルは高くないはずなのに、初めての事に着手する不安感をおぼえる。結果云々より、まず挑むこと自体が怖いという感覚。
好きな気持ちが降り積もるほどに壁が高くなっていくように感じ、いつの間にか自力では超えられない高さまで、恐れる気持ちが積み重なってしまった。たとえ這い上っても、今度は足が竦んで向こう側へ降りることはできないかもしれない。
「坂口はどうしたいの?」
「どうこうする気はなくてさ・・・。ただ、もうちょっと、お近付きになりたいなと。」
宇津井に苦笑いをして、結局落ち着かなくてビールジョッキに口をつける。あっという間に一杯目は空になってしまった。
「俺の場合はさ、学生時代からの付き合いだから。好きだって言わなくても追い掛け回す時間もあったし、特に後先考えてなかったけど。」
「確かに。学生の時って、そんな感じだよな。」
「社会人同士だとさ、どっちかが好きだって宣言しない限り、なかなか始まんないじゃん。なんとなくスタートする人たちも中にはいるけど、それを待ってると時間だけ過ぎるよ。四六時中、顔突き合わせてる学生とは違うし。」
「だよなぁ。」
彼の言う通りだ。瀬戸と一緒に仕事をする時間は限られている。職場にいる時は必然と仕事絡みだから、なんとか他で関心を惹いて、二人で会うくらいの事はしないと、個人的に仲が良くなれる可能性は限りなく低い。宇津井と気心が知れているのも、お互いが職場以外で都合を付けて会おうとしているからこその関係だ。
「一方通行なんだよな・・・。」
「好かれてる自信、ないってこと?」
瀬戸の無表情な顔を思い浮かべて、宇津井に頷く。重い息を吐き出しながら、空きっ腹にビールだけでは胃がやられると思い、ジョッキに伸ばしかけた手を一度引っ込めて、焼き鳥の串へ手を伸ばした。
「誘ってオーケー貰えた事、一度もないし。」
「・・・それは厳しいな。」
「だろ?」
二人で顔を見合わせて苦笑いをする。宇津井に肩を叩かれて、余計に落ち込んだ。
「意外。おまえ、当たり障りなく、好かれる方なのにな。」
周囲がどんなに好意的な眼差しを向けてくれても、肝心な人に響かないのでは虚しい。思い浮かぶのは無表情な顔と戸惑った顔ばかり。押しても引いても、好かれているという実感には程遠い。
「もしかして、結構長い?」
「長過ぎて引くと思う。」
「職場?」
「あー・・・うん。」
一瞬、否定しようと試みて、名前まで打ち明けるわけじゃないからと構えるのをやめた。
「社内恋愛は難しいよな。失敗すると、どっちもしんどい。」
「言う気はないんだ。多分、ダメだし。」
「そいつと仲良さそうな人は?」
「それもよくわかんなくて・・・。」
「難攻不落だな。」
アンテナを張る限り、瀬戸と親しいと呼べる人間が社内に見当たらない。五年も隣席である川辺とすら、話し込んでいる様子はないのだ。
ここまで拗らせた原因は、瀬戸が纏う隙のない雰囲気にもあると思う。攻めどころがわからない。坂口にとって、瀬戸の全てが例外だった。今までの人間関係で培ってきた手管が一切通用しない。その一方で手出しできない特別感だけは増していった。
「坂口はどうしたいんだよ。」
「せめて笑って話せるようになりたい。」
「中学生のガキだって、もうちょっと目標高いぞ。」
「だよな・・・。」
結局、宇津井に話したところでわかったのは、この恋の不毛さ。でも、もうちょっとだけ頑張ってみるかという気になってくる。摂取したアルコールが見せる虚勢かもしれないけれど。
「うまくいかないもんだな。」
「ホントだよ。」
「それでラストにしろよ、ビール。」
「あぁ。」
「悪酔いする。」
「だな。」
心配してくれる人がいるというのは有難いことだ。宇津井が店主に焼き鳥と白飯を追加で注文するのを横目に、坂口はビールジョッキをテーブルに置いた。
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バレンタイン第一弾は「百の夜から明けて」の甲斐。
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朝霧とおる