隣りのデスクで酒井が嫁から貰ったというチョコレートを頬張っている。その姿を見て、世間がすっかりバレンタイン一色だということに雅人は気付く。
「酒井、それどこの?」
「んー・・・わかんない。ここに書いてあんだけど・・・。読めない。ほら。」
「ピエ・・・確かに。」
パッケージに書かれた文字列が英語なのかどうかもわからない。有名なショコラティエのチョコレートかもしれないが、普段アンテナを張っていないので、全く見当も付かなかった。
今藤は自他ともに認める甘党。雅人自身は欲しいと思わないけれど、今藤は食べたいかもしれない。
「どこにあるかな・・・。」
「え? おまえが買うの?」
「あー・・・うん。こっちから渡してみんのもいいかなぁ、って。」
独り言のつもりが酒井にキャッチされてしまう。隠すのもかえって煩わしく、開き直って頷いた。
「今、どこでもあんじゃん。この辺なら新宿出れば。デパ地下とか、人凄そうだけど。」
「あぁ、そうだな。帰りに寄ってみよ。」
「おう。」
恋人がいると認めた途端、酒井に話を掘り下げられることが減った。人の興味なんて、そんなものかもしれない。確かに雅人自身、酒井の色恋沙汰なんて煽り立てるほど興味はなかった。冷たいわけじゃなく、逐一他人の事に首を突っ込んでいられるほど、大人という生き物は暇ではないということだ。
今藤の顔を思い浮かべながら、どんなチョコレートがいいか考え込む。付き合って以降、彼の好みをリサーチする意欲に欠けていたと気付く。恋人の座に胡坐をかいて、サボっていたツケが回ってきたかもしれない。
「まぁ、見ればなんとかなるか。」
パソコンのモニターに週報を呼び出して、月曜日の欄に打ち込んでいく。モニターの前で呻く日もある中、今日は恋人への甘い贈り物に思いを馳せて俄かに活気づいている。軽快な手付きでキーボードを叩き、あっという間に規定枠を文字で埋め、雅人は定時きっかりに退社した。
* * *
「マジか・・・。」
特設会場に並ぶチョコレートの数を見て、雅人は絶句する。目に飛び込んできた物を買えばいいかと楽観していたが、どうやら自分はバレンタインというイベントを舐めていたらしい。こんな殺伐とした戦場のような場所だと知っていれば、無防備でやって来たりしない。
しかしせっかく来たのだから、見るだけ見てみようと群衆の間をぬって歩き始める。
箱に収まったチョコレートは宝石のように鎮座していた。大きさはどれも一口サイズ。確かに見ていて飽きない。人の目を惹き込むだけの輝きがあると納得できる。美味しければなおさらだろう。
日本初出店と書かれた小さな旗を掲げた、人だかりの少ないスペースで立ち止まる。売り子の女性は客入りがなく手持ち無沙汰だろうに、熱心な様子で人の流れを目で追い掛けている。
ショーケースの中に目を向けると、ダイヤをかたどったシンプルなチョコレートが並んでいた。雅人は吸い寄せられるようにショーケースの前に立つ。
「ご試食されますか?」
「え? いただけるんですか?」
「もちろんです。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
差し出された爪楊枝に丸ごと一つ突き刺さっている様子をまじまじと見つめ、そっと口に含んでみる。普段甘い物はさほど口にしないけれど、滑らかな舌触りと鼻を抜けるカカオの香りに驚いた。
「美味しい。」
「ありがとうございます。」
店名のプレートを見るものの、聞き覚えはない。しかし目に留まったのも、きっと何かの縁だ。どうせ長々と会場に居座ったところで、どれがベストかなんてわからない。
即決で九個入りの箱を選んで、購入する。宝物を手に入れたような気分で駅を目指し、結局自宅ではなく、今藤のマンションへ方向転換して電車へ飛び乗った。
* * *
どうやって渡そうか、道すがらずっと考えていたのに、出迎えてくれた今藤に紙袋ごと素っ気なく突き出す。畏まって渡すのは、今さら照れくさくて恥ずかしい。面と向かって好意を差し出すなんていうことは雅人にはハードルが高過ぎた。
「え? もしかして、チョコ?」
「うん。」
「ありがと。」
「ッ!」
脱ぎかけの靴が後方に飛んでしまったのは、突然伸びてきた今藤の手と不意打ちのキスに驚いたから。
「ッ・・・ん・・・ちょッ」
唇を貪ってきたかと思えば、急に部屋の中へと連れ込まれてソファへ投げ込まれる。
「これ、冷蔵?」
「え、あ・・・いや・・・。」
手付きが乱暴だったわりに紙袋とその中身は無事のようで、今藤がテーブルの上へ静かに置く。
「これ、食ってみたかったんだよね。」
「ホント?」
偶然目に飛び込んできた物を直感だけで買ってしまったけれど、喜んでくれたならそれに越したことはない。
「こっちか甲斐か、って言われたら選べないけど。」
「いや、意味わかんないし・・・。せっかく買ってきたんだから、先食ってよ。」
今藤の細く長い指が丁寧にリボンを解いていく。箱をそっと開けると、ガラス越しに見ていた宝石が今藤の指に摘ままれる。
「いい?」
「・・・どうぞ。」
微笑む彼の唇にチョコレートが触れて、ゆっくり口の中に消えていく。妙に生々しい光景に思えて、咄嗟に目を逸らした。
「旨いね、コレ。」
「そうかよ。」
「ほら、おまえにも。」
今藤の怖いくらいの微笑みに息を呑む。
荒々しい口付けと舌使いに、酒でも飲んでいるのではないかと疑ってしまう。口の中で溶けきれなかったチョコレートが二人の口元に溢れて纏わりついた。甘い香りでむせそうになりながら、今藤の頭を抱え込んでソファへ雪崩れる。
「ッ・・・今藤、まっ・・・ッ!!」
性急にベルトを外した手を、本気で止める気はないのだ。慣れた今藤の手が、雅人のズボンも下着も取り払って、温かいものが中心を包む。いつもより彼の口内がねっとりと絡みつくように感じるのは、チョコレートの所為に違いなかった。
「風呂ッ・・・はいって、ない・・・から・・・」
「甘いよ?」
「バカッ・・・ん・・・」
嫌だと騒いでも説得力はない。素直に反応を始めた自分の身体に鞭が打てるほど、強靭な精神力は持ち合わせていない。雅人にできることは、頭が真っ白になるほどの気持ち良さに身を委ねて、今藤を喜ばせることだけだ。
温かい抱擁と、腰ごと持っていかれそうな快楽。高めることだけに集中した今藤の口使いに、雅人は呆気なく陥落する。
「あ、イく・・・んッ・・・」
いつもより早い吐精に身体がビクビクと跳ねて震えた。
「ヤダ、こんど・・・きも、ち・・・ッ・・・」
一滴残らず扱き取られて脱力する。
「はぁ・・・あ・・・」
「こっちも濃厚。」
「・・・変態。」
週の始めからこんなに盛っていたら、週末まで身体がもたない。これ以上はさすがに無理だと感じて、逃げ場のないソファの上で身をすくめる。
「これ以上やんないから、逃げるなって。」
「・・・ホントだな?」
不審な目を今藤の下半身に向ける。
「説得力ないんだけど、ソレ。」
「無茶言うなよ。」
雅人の抗議に今藤が肩をすくめて苦笑いをする。さすがに可哀想かと思い直して、今藤に睨みをきかせたまま、彼のベルトに手を伸ばした。
いつもご覧いただきまして、ありがとうございます!!
すみません。ただの下ネタ風味になってしまいまして。。。(大汗)
【甲斐編】ということで、週末【今藤編】へと続きます。
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朝霧とおる