空気に雨の香りを感じる。顔を撫でていく風が湿気を含んでいて重い。
「降りそう・・・。」
「ん? 何か言った?」
「いえ。」
振り向いた営業の宇津井を慌てて追い掛ける。外回りに慣れて、ついでに長身の彼は、歩くスピードもそれなりだ。中に籠ってパソコンと睨み合っていることの多い瀬戸は、久々の外回りに身体の節々から痛みを感じ取る。
「次でラストな。」
「はい。」
宇津井に頷いたところで、ズボンのポケットに入れていた携帯が着信を告げて震える。たった一度で切れたので、届いたのは恐らく仕事のメールだ。
「良かった・・・。」
宇津井の背中を追い掛けながら携帯の画面に目を走らせると、メールを送ってきたのは坂口で、無事会議室を押さえた旨を報せる文面だった。
面倒見の良い坂口は、瀬戸が籍を置く企画部二課でも人気がある。時に厳しいけれど、聞き上手、話上手とくれば、好かれるのは当然だろう。顔はさっぱりと整っていて、背は宇津井ほどではないにしろ長身の部類だ。
坂口には入社一発目の仕事から世話になっている。企画部一課から降りてくる案件は必ず彼を経由してくるから、瀬戸にとって避けては通れない関所のようなものだ。デザイナーは社内に三名しかおらず、無茶振りも多い。人がいいのか後輩の瀬戸に対して気を遣ってくれているらしく、彼からのお誘いは少なくなかった。
しかし人付き合いの苦手な瀬戸にとって、先輩と二人きりの状況は気安いとは言えない。のらりくらりと誘いは断り、新年会や忘年会という大勢が同席する場所にしか顔を出していなかった。
何より人の目を見て話す坂口の癖が苦手だった。内に秘めたものを暴くような強い視線に狼狽えてしまう。やましい事があるわけではないけれど、坂口の目は瀬戸を不安にさせるだけの威力があるのだ。人の視線ばかりを気にして息を詰まらせていた過去の自分が甦ってくるようで、少し恐怖もある。
マメで優しい坂口にそんな印象しか抱けない自分が嫌になる。結局すべては、人を信用することができず、心を開けない小心者の自分が起因することだ。どうしても弱い自分を知られたくなくて一線を引いてしまう。差し出される思いやりの手を拒んでばかりだ。
「瀬戸、走るぞ!」
「え? あ、はい。」
坂口に返信しようと試みて、宇津井の声掛けに顔を上げる。すると一つ雨粒が顔を打った。前を見ると、渡り始めてもいない横断歩道の信号は点滅していた。そこを宇津井が走って突入する。瀬戸は仕方なくせっかちな先輩を追い掛けて、すでに悲鳴を上げる足を励まして走り出した。
いつもありがとうございます!!
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる