春の空と風は気まぐれだ。凪いだと思えば暴れるし、今日干した洗濯物も物干し竿に括り付けられたまま、きっと荒れ狂って舞い踊っているに違いない。昨夜はトラブルの後始末をして終電に乗り込み、辿り着いた家でベランダの排水溝付近に落ちた洗濯物を見て肩を落とした。
「坂口、企画二課の瀬戸から。」
「あいよ。」
坂口彰(さかぐちあきら)はヘルスケア製品全般を扱うこの会社に新卒で入社して以来、もう今年で十一年目を迎えていた。歯磨き粉に石鹸、バス用品と渡り歩き、ここ三年は洗濯洗剤の企画部署に籍を置いている。
担当は新商品や既製品を売り出していくための進行管理。入社してからというもの、進捗という肩書で働いている。
『瀬戸です。キャンペーン用のシール、色校上がってきたんで、午後二時そっちで良いですか?』
相変わらず無駄なく要件を伝えてくるのが瀬戸らしい。同じ企画部に所属するが、彼とは配属の課が重なったことはない。しかし瀬戸は社内で抱える数少ないデザイナーであるため、一緒に仕事をする機会は多く、無理難題を押し付けたことも数知れず。しかし顔色を変えず淡々と仕事をこなす、出来た後輩だ。
電話の向こうから聞こえてくる音はざわついて落ち着かない。瀬戸が雑踏の中を歩いているのは間違えなかった。
「今、外?」
『はい。営業の宇津井さんとドラッグストアの売り場見て回ってて。工場からすぐ社内便で送ってくれるそうなんで、受け取ってもらえますか。坂口さんも出ちゃいます?』
「いや、大丈夫。先、受け取っとくよ。ありがと。会議室も二時で押さえとく。」
『お願いします。じゃあ。』
「お疲れ。」
瀬戸はこちらの挨拶を最後まで聞いていないだろう。無情にも言い終える前に切れた通話がその事実を物語っている。瀬戸に悪気がないことも、外出で忙しくしていることも頭ではわかっているが、決して小さくない好意を寄せているだけあって、瀬戸の呆気なさは坂口に溜息をつかせるには十分な仕打ちだった。
「はぁ・・・。」
職場の後輩がいつの間にか好きな相手になるなんてことは、ありふれた話だ。若い頃は恋愛対象が同性か異性か、そこまで深刻に考えることもなかった。好きになるのは男の方が多かったけれど、今思えば悩むほど誰かにのめり込んだことはない。
しかし片思いが五年を経過しようとしている今、恋愛に関して後ろ向きになりつつあるのは事実だ。この恋心をなかった事にするのは難しい。そして同じ会社で顔を突き合わせる者同士、想いを打ち明けてしまうのは非常にリスクが高い。八方塞がりな状況は、さほど悩みを溜め込まない性分であっても、日々に憂鬱な種を撒いている。そして瀬戸に想いを吐露したいと顔を出す芽を摘むことに勤しんでいる。
「近場で空いてるといいけど・・・。」
社内ネットワークで会議室の予約一覧を確認する。幸い企画部と同じ階に空き室があり、性懲りもなく瀬戸と連名にして会議室を押さえた。
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朝霧とおる