*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。
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一つスコールを見送って、湿り気が増した外気に晒される。身体がようやく常夏の暑さに慣れ始めたと思っていたのに、真が日本へ一時帰国をする日は近づいていた。
パッケージの最終案が上がってきたと外出先で連絡を受け、軽やかな足取りで社を目指す。電話の向こう側から聞こえてきた弾む声に頬を緩め、ここで手抜かりは許されないと気を引き締め直した。
「ただいま」
「おかえりなさい、真さん。」
「出来たんだってな。」
はい、と嬉しそうな声が返ってきて、そのまま理央から最終案の試し刷りを受け取る。サッと目を通したところでラーマンをデスクに読んだ。
「原稿を見ながら、オットと読み合わせをしてくれ。」
「了解。綺麗な文様だよね、これ。」
「アレンジの仕方が面白いな。日本人が作るとこうはならないだろう、ってところがまたいいね。」
日本の伝統文様をイラストレーターのアブバカールが彼なりの視点で解釈し、パッケージのデザインにしてくれていた。京都の小物屋でよく見かけてるような文様なのに、構成の仕方にイスラム文化を感じさせる要素もあって、面白い融合だ。
ラーマンとオットが声に出して材料や注意書に間違えがないか読み合わせをしていく。目視だけだと見逃すこともある。新人の頃、校正の仕方を勝田に教わった時、一番確実な方法として叩き込まれたことだ。最初は面倒だと思いつつも、声に出して順繰りに辿れば絶対に漏れがないことを実感し、それ以降同じように自分も指導している。
間違いがあると、せっかくの苦労が水の泡になる。誰にとってもマイナスにしかならない。だから人任せにはせず、必ず自分も同じようにチェックをする。
「色ムラもないですね。」
「そうだな。まぁ後は何千枚、何万枚って刷ってみてどうか、ってとこだな。ただ今回に関しては細かいものがあるわけじゃないから、影響は少ないだろうね。」
印刷会社から渡された試し刷りは全部で十枚。二種の紙で試しているので、実質五枚ずつだ。向こうも良いものを厳選して渡してきているはずだから、最低ラインは工場に入っている機械と作業者の習熟度から想像するしかない。しかしこの印刷会社と取引が始まって以降、何度か担当の作業員を変えてもらっていて、納得のいく人間に任せているらしい。それに関しては堂嶋の目を信用している。煩い客だと思われているだろうが、こっちも仕事なので譲れない。
「真さん、紙はどうします? うちで指定していたやつよりも、勧めてもらった紙の方がいい気がします。」
「色味もそうだけど・・・長期ストックされることを考えると、箱の変色とかあるからね。そういう物に強い方が良い、っていうのは湿度が高いマレーシアならでは、って感じがするな。」
「日本も高温多湿だけど、マレーシアは一年中ですからね。日本以上にそこが難しいです。ただ、気にする人が多いか、っていうと、そうでもないけど・・・」
コストの面で考えれば最初に指定した紙の方が安い。微々たる差だが、塵も積もれば、ということだ。しかしアブバカールが勧めてくれた紙の方が、こちらの気候で保管するのに適している。彼はジャパン・クオリティという面で気に掛けてくれているのだ。
「予算をオーバーするわけではないからな。安かろう悪かろうで認識されても困るし・・・理央、紙に関してはこれに代わるものの調達は難しいんだよな?」
「はい。日本にも似たような紙でもっとクオリティの高いものがありますけど、仕入れようとするとコストもかかりますし。インクのノリ具合とか試すとなると、あんまり現実的じゃない気がします。」
「まぁ、現地調達が基本だよな・・・。わかった。これでいこう。校了だな。」
真の声にラーマンやオットもデスクに寄って来る。
「小野村さん、お疲れ様。」
「君の仕事のやり方はなかなかハードだけど、楽しかったよ。」
すでに終わったかのような二人の口振りに若干苦笑していると、理央が顔を覗き込んで尋ねてくる。
「ようやく、スタートライン?」
「そのはずだけどな・・・」
やれやれと溜息をつくと、理央が面白いものを見るように笑った。
「理央、校了の連絡入れてくれ。」
「はい。」
人懐こい笑顔を真に見せて、理央が軽やかな足取りで自分のデスクに戻っていく。そして早速電話越しに朗らかな会話をし始めた彼の後ろ姿を見て、この一ヶ月抱えていた緊張感を真はようやく解いた。
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