少し早いペースで酒を飲み始めた理央に、やはりプレッシャーだったのだなと思う。それでも愚痴を溢さず、仕事として繋いできたことにちゃんと成長を感じる。
頼まれた仕事は断らない主義だというイラストレーターのアブバカールとは、すぐに書面を交わし、パッケージデザインを請け負ってもらうことになった。若手ながら多方面で仕事の経験があり、日系企業と組むのは初めてであるものの、食品会社と仕事をするノウハウをきちんと持っている。
彼の提示してきたデザイン料は決して安くはなかった。しかし後から話し合いの場に合流した真も、彼の人柄と今までの実績を見て、納得して判を押した。
アブバカールにとっても、自分たちとの仕事は一つのステップアップとして意味のある仕事という位置付けだ。良い仕事をしてくれることが期待できる。
両者が勇ましい気持ちで臨めることは、健全な仕事をするのに必要な要素だ。どんなに見てくれの条件が良くても、心が伴っていないものに、人は魅力を感じたりしない。
話が上手く纏まったことで、ますます奮闘をしなくてはならないが、こういう忙しさは不思議と苦にならないものだ。
「ここでホッとしちゃいけないんだけど、話が一歩前進して良かったと思ったら、なんか俄然やる気が湧きました。」
早速いつものテンションが戻ってきている理央に笑ってしまうものの、安堵したのは真も同じだ。新しいことが始まるこの瞬間、心に漲るものを感じるのも感覚としてわかる。
「真さん、一度日本に戻りますよね? それまでにちゃんと結果出したいな。」
「焦って、取り溢すなよ。自分のペースでしっかり先の事を見越してやれよ?」
「はい。」
苦笑いで頷いた理央の頭を、真は握りこぶしでコツンと軽く叩く。バーの店内は薄暗く顔色まではわからない。しかし照れを隠すように少し硬く結んだ口元。酔いで少し潤んだ目が揺らいだ。理央の顔はきっと火照っている。この顔が見たくて、何度だって小突きたくなる。そこに自分への好意を見ることができるからだ。
恋だけに熱くなる歳じゃない。それを許される立場でもない。けれどこの心地良さに少しばかり疲れた頭を浸す幸福感に酔いしれた。
「理央。」
たぶん今の自分は上司の顔をしてはいない。
「この仕事が一区切りついたら、おまえに話しておこうと思うことがある。」
自然に何の気負いもなく、言葉が溢れた。
「何ですか? もったいぶらないで、教えてくださいよ。」
本気でわかっていそうにない理央に、笑顔で首を横に振る。
仕事の話ではない。完全にプライベートなこと。カタチにしたことのない胸に秘めた気持ちを、彼に伝えたくなった。
酔っているのかもしれない。ウイスキーを片手にそう思うけれど、宣言しても尚、特に心は乱れることなく浮上したままだ。
根拠はないけれど、大丈夫な気がして。プライベートな自分たちがどんなにカタチを変えても、先輩と後輩という顔も、自分たちなら大事な場所として変わらずキープしていける気がしたのだ。
どんなに好きでも、この歳になると譲れないものがある。自分にとってはそれが仕事だっただけ。理央もまた、その関係を蔑ろにしたりはしないだろう。彼にとってもその立ち位置は生きていく上で大切な場所であることを感じるからだ。
「知りたい?」
「はい。」
「区切りがついたらな。」
「何で今はダメなんですか?」
むくれた顔で抗議してくる後輩の鼻をつまむ。瞳を見開いて、理央が押し黙る。
「どうしても、今はダメなんだよ。」
どんなに心惹かれていても、まずは仕事。恋愛は二の次になる。気持ちを殺しているわけではない。自分が自分であるために、優先順位をつけているだけだ。気持ちだけで強引に押し切って、世界に対して盲目になる気はない。
一度決意してしまえば、案外肝が座る。何の話だろうと首を傾げる理央をよそに、真は穏やかに微笑んで返した。
いつも応援ありがとうございます!!
励みになっております。
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N