今日の夕飯は小野村の奢り。普段、外食の時もどちらかの部屋で食べる時も、大抵は割り勘なのだ。小野村は出してくれようとするけれど、恋人としてはせめて対等でいたい。理央が半ば押し切る形できっちり負担を分け合っている。
でも今夜は気持ち良くご馳走になる。契約が取れたお祝いと、予算達成のお祝い。今日は二人きりでちょっと豪華なディナーを楽しむ。
ホテルの上層に位置するレストランにはネクタイをきっちり締めたまま入店した。着席したテーブルからはガラス越しに双子のタワーが見える。
特別なライトアップがあるわけではなかったけれど、見渡す限りにある光の群れが闇夜を華やかにして美しい。こういうのを俗にロマンチックと呼び、世の女性たちには理想のデートスポットと謳われるのだろうけれど、男の自分だって美しいものを見るのは好きだ。しかも目の前には恋人がいて、彼の目には自分が映っている。
「このワイン美味しい。」
「前菜もいいね。」
辛口の白いワインにさっぱりとした色鮮やかな野菜と南国のフルーツが合う。マレーシアにいると生ものの野菜を食す機会が滅多にない。特に自分たちは屋台や店先で出来合いの惣菜を買ってきて食べることが多いから尚更なのだ。だからこれは、たまの贅沢。
小野村は向かい合って食べると、いつも理央の口に合うか何気なく窺っている。そしてその視線に気付いた自分が美味しいと言って微笑み返すと嬉しそうに頷くのだ。
静かだけれど、この一連の空気感が好きだ。この人の瞳に映っているのが自分だけだと実感できるから。
「真さん。俺、成長できてます?」
今なら面と向かって聞ける。何を言われたって今なら心の中で荒波が立ったりはしない。
「してるだろ。」
「贔屓目じゃなくて?」
「おまえが特別だからって、過大評価する趣味はないよ。」
「そっか。」
「そうだよ。」
あの双塔は、二人が凌ぎを削り合い並び立つ姿なのか、それとも寄り添って歩く姿なのか、どちらなのかはわからない。自分の気持ち次第でどちらにも見える。
「理央」
「うん?」
「比べるなよ。おまえは、おまえだ。」
「うん・・・そうですよね。」
小野村の言葉がすんなり胸に落ちてくる。素直に頷ける自分こそ、成長した証かな、なんて思ってみたり。
仕事ではずっと先を行く小野村や堂嶋と比べ、プライベートでは同じ土俵に立てない小野村の元奥さんと自分を比べて・・・。他人と比べてみても、結果得るものは何もない。自分の存在に虚しくなるばかりだ。
過去の自分を見て、成長できているなら良しとしなければ。寄り道しながら、一歩ずつ歩みを進めてきた自分をまず褒める。だって自分を一番に認めてあげられるのは自分しかいないと思うから。
でもこんな自分を見捨てないで、たくさんの人が支えてくれている。堂嶋は先輩として、田浦やラーマン、オットは同僚として、小野村の元奥さんだって自分の仕事のために尽力してくれた。
物事の良し悪しは自分の心がジャッジする。悪く考える必要のないことに、負の感情で振り回されてしまうのは、実につまらない行為だ。自分の良いところは、相手の懐へすぐに入っていけるフットワークの軽さだったはず。最近少し臆病になり過ぎていたのかもしれない。
「良かった。」
「え?」
小野村が安堵したような顔で告げてくる。
「ようやく笑ったな、って思って。」
「・・・。」
「無理してるな、って思うような事、多かったから。」
感情の振れ幅が大きかったのは事実だけど、彼にそれが筒抜けだったのはいただけない。つまりは心配させてしまっていた、ということだから。
「真さん、すみません。俺・・・」
「謝って欲しいんじゃない。もっと・・・甘えてくれよ。」
「・・・。」
「俺は、おまえの恋人なんじゃないのか?」
こんな人の目があるところで、涙腺が緩んでしまうような事を言わないで欲しい。
無言で視線を落として必死に料理を口へ運ぶけれど、顔がみるみる火照っていく。照れ隠しなのはバレバレだろう。
「俺の恋人は随分恥ずかしがり屋だったみたいだな。」
日本語がわかりそうな人はテーブル周りに見当たらないが、ついキョロキョロと気配を探ってしまう。
「真さん、性格変わった・・・」
俯いて皿に視線を落としたまま、小声で抗議するも、向かい側に座る小野村は肩を震わせてクスクスと笑うだけだった。
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朝霧とおる