酒が入って事実を事実として説明できなくなる前に、降りかかってきた災難を堂嶋に洗いざらい話した。
「何もしてやれねぇけど、同情はするよ。」
全部話してスッキリするかと思いきや、昼間の衝撃が蘇ってきて、目の奥が疼き出す。
「おまえ、ここで泣くなよ、頼むから。」
泣きたくて泣くわけじゃない。じわりと視界が滲んできたので、俯せる。堂嶋に泣き顔を見られるのは癪だった。
「別に小野村も悪気があって隠してたわけじゃねぇだろ。おまえにそうやって一喜一憂してほしくないから黙ってた・・・けど、単にやつの目論見が外れた、ってことだ。」
頭ではわかってる。事を荒立てようなんて思う人じゃない。知らなくて良い事は耳に入れない。あえて言うなら、彼の想像より元奥さんの口が軽かったということだ。理央は女ではないし、牽制の意味は全くなかったと思う。まさか目の前の男が、元夫の恋人だなんて夢にも思わないだろう。
「真さん・・・俺のこと、好きかなぁ・・・」
「本人に聞け。」
「聞くのが怖いから、堂嶋さんに聞いてるんですッ!」
「怖かねぇだろ。」
「だって、もしかしたら・・・俺の気持ちに気付いたから同情で、とか・・・」
自分で言ってて泣けてくる。本当にそうだったらどうしよう。正月に散々睦み合っていた事実をスルーして、どんどん思考が深みに嵌っていく。
「同情で、男相手に勃たないだろ。」
「堂嶋さん、下品・・・」
「言わせてんのは、おまえだろ。」
「うぅ・・・」
「ほら、飲め。飲んで寝れば、大抵の事はどうでも良くなるぞ。」
「それ、堂嶋さんだけだから。」
彼の軽口に睨み返しつつも、心の中では感謝している。彼は本当に優しい先輩だ。堂嶋からしてみれば、かなりどうでもいい話だろう。仕事の話ですらないのだ。奥さんだって、可愛い子どもだって家で待っているのに、こうやって挫けている自分に付き合ってくれる。彼の方へ足を向けて寝られない。
結局のところ、小野村本人に直接不満をぶつけるしかないのだ。無理に蓋をしようとすれば、いつか必ず爆発する。自分の性格上、なかった事にするのは難しい。白黒はっきりしないと、いつまでも不満が燻ってしまうだろう。
小野村はそもそも神崎と理央の間にあったことを知らない。黙っていれば、永遠にわからないだろう。大人なら、黙っているのが賢明なのかもしれない。けれど自分はそういう事に対して、どうにも大人になりきれない。
好きな人に隠し事をされたのが悲しい。そして同時に、怒りに似た激情が湧き上がってくる。どうして言ってくれなかったのか。頭はそのことでいっぱいだ。
「ちゃんと、聞いてみます・・・」
堂嶋が注いでくれたビールをいっきに飲み干す。すると、想像以上の爽快感に襲われて、自分が相当喉が渇いていたことに気付く。愚痴ってばかりで、水分が足りなくなっていたようだ。感情的になり過ぎていた自分が、急に気恥ずかしくなってくる。
「そうしろ。悩んでたって、なんも解決しねぇぞ。」
堂嶋の言葉に、素直に頷く。その後は、話を意識的に逸らして仕事のレクチャーをしてもらった。
優先しなければならない事がたくさんある。目の前の現実を見て仕事に向かわなければ、いつも当たり前にできることすら満足にこなせなくなるだろう。そんな馬鹿な真似だけはしたくなかった。
理央は頭の中で優先順位をつけていく。
まずは今日、このまま家に帰って、ちゃんと寝る。明日は先方から出された宿題を解決するべく資料集めに追われるだろう。書類整理に目処が立ったら、早速メールで資料を送る。そこまで辿り着ければ、仕事のペースとしてはまずまずだ。
無事明日のノルマをこなせたら、小野村を食事に誘えばいい。そこで自分の正直な気持ちを彼に伝えればいいのだ。隠し事をされて傷付いた。単純に言えばそういう事だ。
心に決めたことを、堂嶋に宣言しておく。彼にとってはどうでもいい宣言だろうが、自分にプレッシャーを与えるためには重要だ。
「まぁ、頑張れよ。」
堂嶋に肩を叩かれて、彼に苦笑いを向ける。
決壊しかけていた理央の目からは、ようやく涙の雫が引っ込んだ。
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朝霧とおる