大晦日から一月三日まで色んな意味での寝正月を満喫して、心機一転デスクへと向かう。今日のためにしてきた下準備を無駄にしないために、理央は揃えた書類にもう一度目を通し始めた。
相手の手元に残るものは、入念に整える。誤字脱字や数字の間違え、その他にも不安要素があってはならない。契約の決定打にならなくても、良い印象を残せるかどうかという点で、ちゃんと意味がある。
そういう基本的なことは、入社した最初の一年間で小野村から徹底的に叩き込まれた。それは今の自分のベースとなっている。
元々自分はその手の詰めが甘い方だった。話すのが得意な分、そちらでカバーできるという甘えもあったのだ。
小野村はどんな手抜かりも許してはくれなかった。作成した書類には何度も赤が入って気が滅入ったし、ちゃんとできても褒めてくれるわけでもない。今思えば当たり前なのだが、自分は学生気分が抜けていなかったということだろう。
初めて契約が取れた時、お客さんから褒められた。新人なのによく出来ていると。疎かにしがちなところも、ちゃんと作り込める君の腕を買って、契約を決めたんだと言われたのだ。その時ようやく小野村の細かい指摘に意味があったのだと納得した。
契約が取れた後、小野村に言われた言葉は今でも胸の中に大事にしまってある。
やればできる。それがわかっているのだから、自分の手が及ぶ限り全力でやれ。俺はおまえが何事にも一生懸命なのを、ちゃんと知ってるよ。
小野村にそう言われて、実はこっそりトイレで泣いた。嬉しくて泣いた。温かい目で見守っていてくれたことに、胸がいっぱいになった。
どちらかと言えば淡々としていて、冷静な距離感で後輩である自分を眺めているのかと思っていた。けれど、初めて契約を取った時、自分のことのように喜んでくれた小野村を見て、彼に抱く印象が変わったのだ。
恋心とは単純なもので、小野村に喜んでほしくて頑張った。自分の中にあるものはその想い一点だった。
飲み明かしたりするようになってからは、うっかり気持ちが溢れてしまわないようにお酒をセーブしてみたり。自分で言うのもなんだが、結構涙ぐましい努力をしていた。嫌われたくなくて、置いて行かれたくなくて・・・。
でもたった一年でさよならを言う日が来た。小野村に寄せた想いの分だけ、別れの日は泣いた。結婚したと聞いて、また泣いて。辛かったけれど、言わないと決めていたから、それでいいのだと自分に言い聞かせた。
今もまだ信じられない。あの人は上司で恋人。いつか夢から覚めるかもしれないと思うと、時々怖くなる。けれど小野村と自分との関係に恋人という関係が加わってかれこれ一年近く。未だに夢は覚めていない。どうやらこれは現実らしいのだ。
デスクの上で最後の一文に目を通す。間違えはなかった。
待ち合わせの時間は午後一時。しかし念には念を入れて、同行をお願いしているフードコーディネーターの神崎という女性に連絡を入れた。
「お約束通り、午後一時でよろしくお願いします。」
『こちらこそ。お力になれるよう、頑張らせていただきます。』
落ち着いた声に、入り過ぎた肩の力を抜く。最後の打ち合わせに二言三言交わして、電話を切った。
手抜かりはない、はず。理央は天井を見上げて祈るように数秒目を閉じた。
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