二人で夜通し肌を合わせているなんて初めてだ。ちょっといけない事をしている気分だけれど、ずっとドキドキが止まらない。
嬉しそうにスケッチブックを眺める片岡の横顔を飽きることなく見つめる。しかしいつまで経ってもこちらを見てくれないから、スケッチブックに嫉妬した。
「賢介」
「うん?」
口では答えるけど、片岡はこちらを見ない。手は次のページを捲っていた。
「賢介」
「ん?」
やっぱり見てくれない。見せたくて持ってきたのは自分なのだが、そんな事は棚に上げて、片岡からスケッチブックを取り上げる。
すると賢介が可笑しそうに笑い出す。歩の行動を見透かしていたかのようだ。
「歩、どうしたの?」
笑いながら問う片岡は意地悪だ。全部わかっていながら聞いている。
「賢介のバカ・・・」
悔しくて小声で悪態をつけば、片岡が抱き締めてきた。しかし彼が慌てる様子はない。
「ごめん、怒らないで。ね、歩?」
抱き締められて嬉しいのに、緩みそうになる口元をギュッと閉じて顔を背ける。首筋に片岡の吐息が当たって凪いでいたはずの心臓がまた少しずつ速度を上げ始めた。
「歩。ごめんってば。許して?」
こんなの狡い。彼の優しい声で宥められたら、否とは言えないのに。
毎日少しずつ降り積もった好きという気持ちが、彼を目の前にして溢れている。その溢れ出る気持ちに際限はなかった。
「大好き、歩。」
「ッ・・・」
どうしてこんなに優しいの。待たせて、嫌な思いをさせて、泣き付いてばかりいて。しかも片岡にぶつけていた気持ちは悟史への想いばかりだった。
とても酷い事をしていたのに、何故片岡は呆れず好きだと言ってくれるのだろう。気持ちを返す術がわからない。こんなに沢山の優しさをくれる片岡に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「どうして・・・」
「うん?」
「どうして、俺なんか好きなの?」
「どうしてだろう。」
そう言いながら片岡は笑って、さらに強く背後から抱き締めてくる。耳を掠める声がくすぐったかった。
「一途なとこ、かな。」
「でも・・・」
「そうだね。俺に一途なわけじゃなかった。」
髪を撫でる手も、耳元で話す声も穏やかで、全くそれを咎める様子はない。
「でもね、その目を俺に向けてくれたら、どんなに良いだろう、って思ったんだ。」
「・・・。」
「歩は俺を見てくれたよ。だからもう、それでいいだろ?」
片岡の顔を見て、またちゃんと伝えたくなった。不安にさせたらいけない。今まで彼をたくさん苦しめてしまったのだから。
片岡の腕の中でモゾモゾと動いて彼と向き合う。
「賢介」
「なぁに。」
「・・・き・・・」
「ん?」
「す、き・・・。」
片岡の視線を一身に浴びて言うのは、思った以上に緊張した。掠れた声を喉から絞り出してみるけど、随分情けない声になってしまった。
「ッ・・・」
もう一度言い直そうと目を上げた瞬間、片岡の唇が重なって、声が封じ込められる。
「俺の方が、ずっと好きだ。」
「・・・んッ・・・」
歩の首元に片岡が吸い付く。片岡は執拗に一点だけ舐めて吸うことだけを繰り返した。
「マーキング。悪い虫が付かないように。」
「そんなの付かないよ。」
「歩は自覚が足りない。」
少し怒ったような顔をした片岡に歩が動揺していると、すぐに彼は破顔する。二人にとっての長い夜が、ようやくこの日明けていった。
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朝霧とおる