新幹線の改札口の隅で二人並んで立っていた。両親は一足早く行ってしまっていて、自分もこれからその後を追う。
行き交う人でごった返す改札口では、賢介と歩の事を気にとめる者など誰もいない。めまぐるしく動き回る人の波があるだけだ。
惚れ込んだ横顔を見ると寂しげで、そんな顔をさせてしまう事を申し訳なく思う。
試合に臨む時と、そうではない時の柔らかい雰囲気。そのギャップに魅せられて、自分は恋に落ちてしまった。ハマってしまうのはあっという間なのに、そこから抜け出すのは至難の技だ。一度手痛い失恋をしてわかっていたはずの苦しさにまた飛び込んでしまう自分が嫌ではない。
こうやって気持ちを向けてくれるだけ、むしろ失う苦しみは前より大きくなるかもしれない。けれど自分からこの恋を手放したくはない。想い、伝え続けて、それでもダメならまたその時考えるしかないんだろう。
両親の転勤についていくため出立する今日、歩は見送りに来てくれた。来年の今頃、彼は迎えに来てくれるだろうか。
歩は失恋の痛手を癒したかっただけだ。必ずしもその相手は自分である必要はなかった。
歩の肌に触れた手が、まだその心地良さを覚えている。忘れられるはずもないのに手を出したのは自分の責任だ。触れられる距離で、触れずにいることができなかっただけ。
歩が一年の間に他の温もりを知る事がなければ、きっと自分は舞い戻れる。けれど別の誰かに抱き締められていたら、自分に戻る場所があるとは限らない。
初心で真っさらなままでいてほしい。けれど強要することなどできないから、自分にできることは祈ることくらいだ。
「歩、元気で。」
「電話してもいい?」
「もちろん。俺もするよ。」
歩の電話を待っていられないかもしれない。声を聞きたくて、きっと連絡してしまう。それくらい好きなのだと歩はわかっているだろうか。
「賢介」
「うん?」
「賢介が思うより、俺・・・賢介のこと好きだよ。」
「・・・。」
「賢介のこと、誰にもとられたくない。」
もしかしたら自分は怖がっているだけかもしれない。のめり込んだ末に歩が去っていくのではないかと。この恋を失った時の自分に言い訳する術ばかり探しているのかもしれない。
「歩」
ジッと自分の言葉を待つ歩の目は、ちゃんとこちらを向いている。歩の瞳の中に映るのは確かに自分の姿だった。
「・・・待ってて欲しい。」
「うん。」
「歩のことが好きだよ。寝ても覚めても歩のこと考えてる。」
「それでいいの? 受験生なのに。」
歩がそう言って笑うので、賢介もつられて笑う。めまぐるしく環境は変わる。その中でお互いの気持ちが変わらない保証はどこにもない。けれどどうにかその気持ちを繋ぎ止めておきたいのだ。
「賢介、ずっと俺のこと好きでいて。」
「それ、俺のセリフだよ。」
構内にアナウンスが入る。電光掲示板の一番上に、賢介が乗車予定の新幹線が表示された。
もう一度歩に触れたくて手を伸ばしかけたところで、歩の方から手を握り締めてきた。
「ッ・・・」
「賢介、毎日連絡したら迷惑?」
「そんなわけないだろ。」
「良かった。受験、頑張ってね。」
「そうだな。頑張らないと戻ってこれないし。」
「約束。」
「・・・わかった。」
歩が小指を愉しげ笑って立てる。自分たちは何度こうやって約束を重ねてきたっけ。約束が守られなかったとしても針千本を飲ませる気はないが、無数の針が胸に刺さって抜けなくなるくらいには心に痛手を負うだろう。
小指を握り合わせて思う。やっぱりこの恋を自分から手放すことはできない。歩に笑い掛けようとして彼が俯いたので、その顔を覗き込む。
「歩?」
涙の浮かんだ瞳を見て、湧き上がった衝動のままに抱き締めた。泣いて別れを惜しんでくれることがただ嬉しかった。可愛くてもったいないから、誰にも見せたくない。
「歩、ごめん。行かなきゃ。」
あやすように頭を撫でたら、恥ずかしそうにしながら身体が離れていった。新幹線が出る時刻は近付いている。これ以上側にいたら離れられなくなると思い、振り切るように改札を通った。
振り返ると歩がこちらをずっと見ている。少し大袈裟に手を振れば、歩も小さく手を振ってきた。再三流れる構内アナウンスに背中を押されてエスカレーターを上る。互いの視界から消えてしまうまで、その姿をずっと見つめ続けた。
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朝霧とおる