先日、自分の描いた絵を欲しがったのは、転校する事が念頭にあったからだろうか。あれから二人でいると片岡が歩の写真をスマートフォンに撮り貯めている。誰かに見られでもしたらどう言い訳するつもりなんだろう。
撮ってどうする気なのかは、何となく聞くのが憚られる。不意打ちを狙って撮られる事が多かったが、この数日で慣れてしまった。
片岡が転校するのは三年に上がるタイミングらしい。日に日に心細さが増していく。寂しいだけなのか好きになっているのか、毎日自分に問い掛けているけれど、わからないままだった。
カルトンの上に紙を固定して、鉛筆で片岡の姿を写し取っていく。今日は以前のようにこっそりではなく本人にモデルをお願いして描いている。
静物画は何度も経験があったが、人を描く経験はあまりしたことがない。けれど見ず知らずの人にお願いするのもハードルが高いので、片岡にお願いすることにしたのだ。
自分の不安定な気持ちまでもが写し取られていくような感覚。それでもじっと片岡を見つめては手を動かしていった。
片岡は単語帳片手にベッドに仰向けで寝転がっていたが、不意に集中力を切らせたように単語帳を閉じた。
「ごめん。身体動かす?」
「ううん。なんかさ・・・見られるだけでも、そういう気分になるんだなって思って。」
「そういう気分って?」
両手で顔を覆ったままジッとしている片岡に何事かと問う。けれど片岡は首を横へ振ったきり身動きをしなかった。
「賢介?」
「・・・ごめん。こっちの話。何でもないよ。」
「・・・そう、なの?」
首を傾げつつ、身体の稜線を描いていく。今日はデッサンではなくスケッチなので、片岡から感じ取る勢いのある線を見出すままに何枚も何枚も描き取っていった。
片岡を隈なく見続けていた所為で彼が口籠った理由を悟る。好きな人に真剣な眼差しで見られていたら、確かに自分もそうなるだろうなと思った。
ベッドに手を投げ出し暫し脱力していた片岡だったが、覚悟を決めたように歩の方へ身体を向けてこちらを見つめてくる。歩はその挑戦を受けて立つように手を動かし続けた。
片岡の熱の籠った瞳に射抜かれて、少しずつ歩の身体が火照っていく。制服に身を包まれているというのに、全て取り払って互いの熱を直に感じているような錯覚に陥る。
片岡から溢れてくる想いの丈と自分の中から湧き出してくる熱。そのどちらもこのスケッチブックに描き留めるように夢中で鉛筆を走らせた。
沈黙を破ったのは片岡の方だった。
「歩」
「うん?」
「伝わってる?」
「・・・。」
「好きだよ。」
「・・・うん。」
歩は答えながら手を止めた。
片岡の気持ちはわかっていると思っていた。けれど今こうやって向かい合い彼の眼差しを見て感じる熱は、自分が想像していたものより遥かに強くて熱い。
僅かな恐怖心と、大きな好奇心が歩の中で混ざり合う。もっとその目で見て欲しい。片岡の熱い想いに溶けて、溺れてみたい。
気付いたらスケッチブックと鉛筆を置いて、ベッドの側まで来ていた。片岡はただ歩の行動を見守っている。手を伸ばしたのは歩からだった。
唇が幾度か重なって、片岡の上にのし掛かる。最初は確かに歩が組み敷いていたのに、いつの間にか形勢は逆転していた。
「ッ・・・ん・・・」
離れたくない。その別離がたった一年でも、今の自分には途方もないものに思えた。離れていても、縋っていいと思える確かな証が欲しい。
「賢介、お願い。」
片岡のシャツを掴んで、もっと身体を寄せてほしいと強請る。その様子を見た片岡が頭上で笑った。
「いいの?」
「したい・・・」
身体を一つにすれば、離れてしまう距離を感じずにいられる気がした。片岡の中で自分の存在をもっと大きなものにしてしまいたい。そうすればまた自分のもとへ迷いなく彼が帰ってきてくれると信じられるから。
押し付けられた腰の前は、思っていた通り兆していた。それが嬉しくて泣きそうになる。潤みそうになるのを必死に堪えて、片岡が仕掛けてきた噛み付くようなキスに応える。
嬉しくて、ちょっぴり切ない。色んな気持ちが去来しながら、二人で発する熱に溺れていった。
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朝霧とおる