友だちとも違う。でもまだ恋人でもない。自分たちの関係はとても曖昧だけれど、心はいたって穏やかだ。失恋の痛手を包み込んでくれて、心ごと預けて安心できる人、それが片岡だった。
会ってする事といえば勉強。片岡の家に上がり込む事がほとんどで、二人で黙々と勉強する姿は俯瞰すると面白い関係だと思う。
何度かそういう日を過ごして、片岡から手を出してくる気はない事を悟った。事細かに心情を話しているわけではないから、片岡だって歩の心に起き始めた微妙な変化までは読み取れないだろう。
片岡が熱心に物理の問題集を解いている。その姿を盗み見しながら、片岡のすっきりと端正の取れた顔に心がふわふわと舞い始める。
真剣に勉学に励む彼に手を伸ばして触れるのはさすがに躊躇われて、ノートに彼の輪郭を写し取っていく。
片岡の唇が好き。ふっくらしていて柔らかい。温かくて、もう一度触れてみたいと、自分の欲求を満たすようにシャープペンシルでその形をかたどっていった。
伏せた目を見ると、思っていたより片岡の睫毛が長くて色っぽい。意外な発見に歩は口元に笑みを零して、夢中になって片岡へ抱く想いをなぞるように描き進めていった。
いつの間にか熱中し出して、片岡が目線を上げて歩を見た途端、一気に現実へと引き戻される。見入っていたことが恥ずかしくて照れ臭い。ノートを急いでめくって描き途中の片岡を彼の視線から遮断した。
「歩?」
最初キョトンとした目でこちらを見ていた片岡が、すぐに笑みを溢す。そしてノートの上に置かれた歩の手を退かそうとする。
「ダメ」
「見せてよ、歩。」
「・・・。」
「見たいな。」
諭すような甘い声音で言われれば、屈服せざるを得ない。渋々、緩慢な動きで手を退けると、片岡の長い指がノートのページをめくった。すると隠していた片岡の姿が現れる。
恥ずかしい。込めた想いまで覗き見られているような気がして。
「上手だね。俺、こんなカッコいい?」
「自分で言う?」
片岡は格好良い。単に容姿がという意味だけではない。歩を見る眼差しは真っ直ぐで曇りなく、くれる言葉も優しさに溢れている。人として格好良い。たった一つしか違わないなんて、俄かには信じ難い。自分もあと一年時を重ねればこうなるのだろうか。残念ながらそうは思えなかった。
「歩、これちょうだい。」
「え・・・ヤダよ・・・」
「どうして?」
「・・・恥ずかしい・・・」
「欲しいな。」
珍しく食い下がってくる片岡をちらりと見遣る。その目を見れば揶揄っているわけではないのだとわかった。
「もっと上手く描けるようになったら、違う絵渡すから・・・」
「これがいい。ね?」
ジッと歩が頷くのを待っている様子の片岡に、最後は降参した。居た堪れない気分のまま、描いたページを切り取って渡す。
「何で、これが良いの?」
恥ずかしさで拗ねたフリをして口を尖らせる。
「今の歩にしか描けない絵だから。」
「・・・。」
思いもよらぬ言葉が返ってきて、歩は黙り込んだ。心の機微まではわからないだろうと思っていたけれど、片岡は片岡なりに歩の心の変化を感じ取っているということだろうか。この絵に託した、片岡に触れたいという気持ち。届いて欲しいと願いながら、知られてしまう事をまだ少し躊躇っている自分。臆病な自分をまだ奮い立たせることができない。
「大事にする。ありがとう。」
「・・・うん。」
愛おしげに絵を眺める片岡を、歩は飽きることなく見入った。
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朝霧とおる