小柳たちは歩のカムアウトに関しては寛容だった。言いふらすような気配もなくて、少しホッとする。けれど一度口にしてしまった事は、いつの間にか尾ひれが付いて広がっていくものだ。
「ごめん、つい言っちゃって・・・」
「歩は大丈夫なのか?」
「俺は別に・・・それより賢介・・」
「俺の事は大丈夫だよ。もうとっくの昔に終わった事だ。」
何故そんなに穏やかでいられるんだろう。それとも怒り狂うほどの激情は過去に置いてきただけだろうか。けれどいつも大人びた片岡が感情的になる姿がどうしても思い浮かばない。
「歩がね、怒ってくれたから、嬉しいよ。」
「・・・。」
「俺も悩んだ時はあったけど・・・。でも歩が怒ってくれたから、それでいい。」
ロビーの片隅に身を寄せ合って、小声で話すのが恒例になってしまったが、いつもちょっとしたスリルが待っている。手を繋いでみたり、繋いで触れた手に唇を寄せてみたり。
いつも二人でどちらからともなく手が触れ合う。ドキドキしているの自分だけだろうか。片岡も同じ気持ちなんだろうか。手を繋ぐたび、片岡の柔らかい唇が指先に触れるたび、もっと触れてみたいという衝動が駆け上がってくる。
自分にとって、恋は全て悟史に向けられるものだった。片岡と悟史に向ける感情は今も違う。しかし自分が知らないだけで、もしかしたら片岡に抱く想いも恋なのではないかという気になってくる。けれどこの気持ちの伝え方がわからない。ただ身体を重ねたいだけだと思われるのも嫌だった。
「賢介」
「うん?」
「賢介のこと、もっと知りたいな。」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、また帰ってからも会おう?」
「うん。会いたい。」
歩が会いたいと口にすると、片岡が驚いた顔で見つめてくる。そして嬉しそうに微笑んでくれる片岡を見て、歩も嬉しくなった。
恋ってもしかしたら、ただ人を好きになる事だけを指すのではないのかもしれない。相手を大切だと思う気持ちを積み重ねて、二人で寄り添っていく事も恋だとしたら。片岡を思って悔しくなったり、悲しくなったり、嬉しくなったりする気持ち全ての結晶が恋だろう。
繋いだ手をそのまま自分の口元へと引き上げる。微かに片岡の指先が震えたのは、片岡が緊張した証だろうか。穏やかな彼も歩の言動に一喜一憂しているのだろうか。そうだったらいいのにと願う自分がいる。
「歩?」
片岡の問い掛けに応えるように、彼の指先に口付ける。ゆっくり手を下ろして片岡の顔を覗き込めば、薄っすらと頬が染まっていた。
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朝霧とおる