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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

隣り16

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隣り16

恋人という存在を深く掘り下げて考えた事がなかったから、片岡に触れられた事で漠然としていたものが急に現実味を帯びた。

恋人と友だちの境界線は身体の関係があるかないかだろうなと、至らない頭で考える。悟史に触れてみたいと思ったことはある。けれど具体的に思い描けていたかと問われると、今となっては考えが甘かったと言わざるを得ない。

悟史との身体の関係を想像してみても、しっくりこない。好きなのに、何かが違う。片岡に触れられて、その思いは強くなった。

何かを履き違えていたのか。兄弟のように近い関係から生まれた独占欲を、恋と勘違いしていたとしたなら、幾分気持ちは軽くなる気がした。

どっちつかずの自分が情けなくて、ナイフで鉛筆を削りながら、物思いに耽ってしまう。溜息をついては、一本一本書き足す線に、心の靄が重なっていく。紙に写し出されていく人物の顔は先ほどから物憂げだった。

「なんか寂しげ? でもよく描けてるよ。ただ欲を言えば、もうちょっと正確性が欲しい。動かないものを支点にして、そことの距離感を把握していくと、どこにリアリティが欠けてるかわかると思うから。あと一時間、頑張ってみて。」

「はい」

週に一度だけ美大進学のための予備校に通うことにした。やりたいのはデッサンだけだったので、自分で自由にカリキュラムが組めるところを選んだ。

毎日の積み重ねが大事だと言われ、予備校へ行かない日は家で一時間と時間を決めて、身近にあるものをひたすら描いている。

今日は待ちに待った入会初日だったのに、頭の中は悟史と片岡の事が交互に襲ってきて忙しない。目の前にあるものを無心で描くというのがいかに難しいか思い知った。

学校の授業のように短時間ではなく、長い時間向き合う。その分心の荒れ模様も絵に出てしまうのだ。

上手く描こうとは思っていない。数をこなせば腕そのものは上達していくものだと思うからだ。無理に背伸びする必要性はあまり感じない。けれど自分の心情が写し出されてしまうのは、少し居た堪れなかった。

指導された事を、頭の中で反芻する。目印になりそうな支点を探して窓枠が目に飛び込んでくる。狙いをそこに定めて、再び鉛筆を動かし始めた。

 







 

 


予備校からの帰り道、予期せぬ待ち人に足が止まる。

「悟史・・・」

きっと今までの自分なら嬉しくなって、小さな幸福感を噛み締めていただろう。けれど歩の頭を過ぎったのは片岡の顔だった。やましい事などなくても、片岡にはこの状況を見られたくない。そう思った。

「迎えに来た。」

「・・・なんで?」

「塾の申し込みの帰り。歩のおばさんとたまたま昨日話して、心配してたから寄った。」

「大丈夫だよ。小さい子どもでもあるまいし・・・」

「歩」

こちらの言葉を遮るような、悟史の凜とした声に心臓が止まりそうになる。射抜かれるような目で見られて、逃げたくなった。

「最近、避けてるよな。」

「ッ・・・そんなこと・・・」

「いつまでも幼馴染みに縛られるのは嫌だっていうなら仕方ないけど・・・。それならそれで、言えよ。おまえのこと、弟みたいに思ってきたんだから、突然避けられたら何だと思うだろ? 俺、何かしたか?」

悟史は潔い。曇りない眼差しで見られて、知りたくない現実を突きつけられる。悟史は本当に、自分のことを弟だとしか思っていない。そしてやっぱり自分は悟史に恋をしていた。

悟史の言葉一つひとつが胸に突き刺さる。欠片も望みがない事を、たった今、自分は思い知らされたのだ。

何も悟史に言い返す事ができなかった。やっぱりこの気持ちは封印してしまうしかない。墓場まで持っていくべきだ。

壊したくない。こんな大事な人との関係や未来を。無かったことにされたくない。悟史と大切に過ごしてきた時間を。好きになってしまった事も全て、自分にとってはかけがえのない宝物だ。

「悟史」

「うん?」

「悟史といるのが嫌なわけじゃなくて・・・ただもうちょっと人見知りもなくして、広い世界を見れたらな、って思ってるだけなんだ。」

「そっか・・・。おまえ不器用だもんな。色んなもんに手出し始めて、俺の事忘れてただけってやつ?」

「まぁ・・・そんなとこ。」

「悪かった。ちょっと深読みし過ぎた。」

「ううん。俺の方こそ・・・ごめん。」

謝った本当の訳を、悟史が知る必要なんかない。知られたくない。ずっとずっとこの胸に仕舞っておく。この気持ちをなかった事にはできない。だから、悟史を好きになった気持ちは、自分だけの大切な宝物だ。

悟史と一緒に歩いた帰り道、歩は泣く事はなかった。悟史の前で泣いてはいけない。彼に心の内を見せる日はないだろう。

一人真っ暗な部屋に辿り着いて脱力する。両親は仕事で今夜も遅いと言っていた。その晩、歩は一人蹲り、気の済むまで泣き腫らした。

















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