メールの文面は事務的なのに、送られてくる頻度を思えばマメな部類だろう。少しずつ片岡の事がわかっていく過程は、思いのほか楽しかった。
二人を繋ぐものはテニスくらいしかなかったけれど、片岡は多趣味で話題の豊富さに歩は食い付いた。
中学時代までは、片岡もテニス一色だったらしい。けれど怪我をして、失恋もして、物の見え方が変わったという。今まで見えていなかったものに目を向けるようになったら、視野を広げていく楽しさに没頭していった。そんな片岡を少し羨ましく思う。
無い物強請りだということはわかっているけれど、未だ悟史に囚われたままの自分には、片岡が眩しい。
初めて上がり込んだわりに、落ち着いて話せる片岡の部屋は居心地が良かった。
「歩は絵の予備校には行かないのか?」
「今探してる。部活は二年の引退までやり通したいから、それと両立できるところを探してるんだ。」
「そうなのか。ちゃんと考えてるんだな。」
「親と現役で入る約束しちゃったから。」
「そりゃ、大変。」
美大は現役で入るのが難しい。しかし入りたいと思っている建築学科は絵ではなく数学で入る手もあるのだ。今のまま学力をキープできれば問題ない。けれど願うなら画力もつけて入りたかった。
「最初の一年くらいはひたすらデッサンを頑張るつもり。絵で入るか、数学で入るかは絞る必要がないんだ。行きたいところは併願できるから。だから最悪絵が厳しそうだったら、数学でどうにかしようと思って。」
「歩、成績は?」
「今のところ上位にはいるよ。ただ、数学はちょっと苦手で・・・。今までは悟史に見てもらってたけど、これからはちょっと距離も置きたいからさ・・・。だから今のうちから個別指導とか探そうかな、って思ってる。」
「歩が二年に上がるまでは、俺が面倒見ようか?」
そういえば片岡は工学部志望だ。数学は必須。むしろ得意でなければ目指すのは難しい。
「さすがに三年の時は自分の事で手一杯だろうけど、それまではいいよ。頼って。」
「でも・・・」
親しくなってから日も浅いのに、負んぶに抱っこの状態は、少し申し訳なくなってくる。
「会う口実にもなるから、俺はむしろ嬉しいけど。」
歩の考えを見透かすように、片岡がすかさずフォローを入れてくる。深刻に考えるより、こういう事は、お言葉に甘えれば良いのかもしれないと思い直す。
歩が頷くと、片岡が右手の小指を目の前に立てて出してくる。誘うように小指を曲げてきたので、気恥ずかしくなりつつも、歩も小指を出して片岡のそれと組んで繋いだ。
「俺の事、頼って。歩に頼られたい。だから約束。」
「約束?」
「うん。俺にちゃんと甘えるっていう約束。」
「ッ・・・」
「歩は困った顔も可愛いな。」
片岡の小指にグッと力が入ったと思った瞬間、彼の胸にすっぽりと抱き締められる。
「ねぇ、歩。」
「・・・。」
「嫌じゃなかったら、歩からキスして。」
驚いて見上げると、片岡の優しい眼差しと歩の視線が交わる。促されたからその気になったわけじゃないと思う。片岡の瞳に吸い込まれるように、少しずつ歩の方から距離を縮めた。
顔が火照ってくる。少し恥ずかしくて、ドキドキする。未知の領域に足を踏み入れる高揚感に胸は高鳴った。
「ッ・・・」
おっかなびっくり、手探りで片岡の唇に自分の唇を重ねた。気恥ずかしさに耐えられなくて、だいぶ前に目を瞑ってしまった所為で、唇は上手く重ならなかった。けれど自分の唇に柔らかくて温かいものが触れる。それをスローモーションのように感じながら、緊張で息も止めて、初めて自分から口付けをした。
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朝霧とおる