悟史と一緒に登校するのを突然やめるのは、さすがに躊躇われた。しかしどうしてもぎこちなさが先に立って、今までのように振る舞えない。いつもこんなに無言で歩いていたかと、息をするのも苦しく感じてしまうほどだった。
「歩」
「うん?」
「この前の試合で話してた奴、仲良いのか?」
「あぁ・・・うん・・・」
付き合う事にした、なんて言ったらビックリするだろうか。それとも、歩にとっては一大決心だった事も、悟史にしてみれば興味のない事かもしれないと思い直す。淡々といつもの調子で反応を返される事を想像して、胸が締め付けられる。
「この前、一緒に駅前のカラオケ店入っていくのが見えたから。」
見られていたのかと思い、後ろめたくなる。やましい事だらけだ。あの日、悟史の事が好きだと片岡に泣き付いて、キスをした。不意打ちだったけれど、嫌だと思わなかった。気持ちを理解してもらえる事を、自分は嬉しいと思ったのだ。
「試合で顔合わせるうちに仲良くなって・・・」
ウソは苦手だ。だから当たり障りなく繕うしかない。
「昨日いなかったのも、そうか?」
「・・・うん。」
逐一お互い予定を告げ合ってきたわけではないけれど、二階の窓越しにいるかいないかの見当はつく。自分の不在を気にしていた事から、少なからず執着を感じて勝手に心が喜んでしまう。
けれど自分へ見せる悟史の執着は、きっと距離が近過ぎたゆえの反動だろう。己のテリトリーの中で当たり前に過ごしていた弟分が離れていくことへの哀愁。恋愛感情による寂しさではない。
冷めた頭で悟史を見て思う。悟史は歩に対して恋愛感情は一切ない。彼の中では、幼い頃必死に後をついて回っていた歩の姿がそのままのイメージで残り続けている。優しい眼差しで自分を見るけれど、そこに熱っぽさはない。現に離れていく歩を必死に引き留める事だってしない。
「部活ない日、そいつと遊ぶこと多いなら、一緒に帰るのはやめとくか? それに俺、夏休み前に部活引退するし、塾通いも始まるから、どのみち時間が合わない。」
悟史は高校二年生。もう受験に向けた勉強が始まるのだ。引き止めたくても、引き止められるだけの理由を自分は持っていない。一緒に帰れないのだと、寂しい気持ちを呑み込むしかなかった。
悟史が自分のもとから離れていく。一緒にいるのが苦しいと片岡に泣き付いたのはつい先日だったのに、いざ距離ができていくとわかったら辛い。それでも歩は、悟史に虚勢を張ること決めた。悟史を想う気持ちを打ち明ける気はないからだ。
「一緒に帰るのはやめよっか。受験大変だね。」
「他人事じゃないだろ。一年後は歩も同じだぞ。」
「そっか・・・そうだね。」
苦笑いだけが口元から落ちていく。
一年後、自分たちはどんな関係だろう。もう埋めることができないほど距離ができているだろうか。あるいはそれを気にしないほど、案外薄情にも片岡へ心変わりしているだろうか。
何も見えなくて、前を向いて立っていられるかがわからない。めまぐるしく移り変わっていく状況に頭も心もついていく事ができていない。
「悟史。学部はどこ目指すの?」
「農学部。応用生物学かな。」
コツコツと自分で勉強に取り組める悟史にはきっと研究職は向いている。自分と目指す未来が違い過ぎて、交わらない未来を突き付けられた気がした。
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朝霧とおる