悟史から部屋に寄っていくかと問われて断ったのは数えるほどしかない。これからはそういう日が増えるかもしれないな、と寂しく思う。
一緒にいたくても、いつかは悟史にも恋人ができて、自分たちは散り散りになる。その前に、進学や就職なんかで、案外呆気なく別れは訪れるかもしれない。
けれど自分が悟史へ恋心を抱いたばかりに、その時期が少し早まってしまった。ただそれだけだと、自分に言い聞かせた。
部活で汗を流した後、そのまま片岡と待ち合わせた駅の改札口へと向かった。行き着く前に、駅の時計台に寄り掛かる片岡の姿を見つける。昨日のメールで片岡の方は部活が休みだということを聞いている。ずっと待たせていたなら悪い事をしたな、と走り寄った。
「ごめん、待たせた?」
「ううん。そこのコーヒーショップで勉強してたから、そんなに待ってないよ。行こっか。」
ついて来てと言ったきり、スタスタと歩き出してしまった片岡の背中を慌てて追い掛ける。メールの終わり方といい、時間を無駄にしない動きといい、片岡は全般的に行動がサバサバしている。自分の周りにはいないタイプだなと思い、新鮮味を感じる。
連れて行かれたのはチェーン店のカラオケルームだった。歩はあまりこういう所には来ない。歌うのかと問うたら、片岡に笑われてしまった。
「内緒話にはもってこいの場所だよ。あ、もしかして、校則でダメだったりする?」
歩の高校は進学校ではあるが、特段校則は厳しくない。出歩くのが夜間でなければ問題視されない。
「大丈夫。ただ、あんまり来た事なくて・・・思い付かなかった。」
片岡にしか聞かれたくなかったし、誰にも聞かれる心配をしなくて済むのは助かった。自分の学校の最寄駅だから、行き交う人に顔見知りも多い。片岡とは同性だし、二人でカラオケ店に入ったところで、他人から見れば遊んでいるのだなと思われるだけだろう。
入室しても、片岡の方から話を促してくることはなかった。歩が話したくなったら話して欲しい、という片岡の気遣いを感じるだけだ。
「あの、ね・・・俺・・・」
「うん。」
俯きかけた歩の顔を、烏龍茶片手に片岡が覗き込んでくる。穏やかな眼差しに緊張が少し解けた。
「悟史のこと、好きで・・・でも、言うつもりはないんだ。昨日、帰り道・・・ずっと考えてた。でも何度考えても、やっぱり好きなこと本人には言えない。言って、終わりになるのが怖い・・・」
「・・・そっか。」
歩の顔を覗き込んだ視線はそのままに、片岡の手が歩の髪を撫でていく。それがあまりにも心地良くて、気が付いたら目から溢れた雫が歩の頬を濡らしていた。
それきり、言葉が喉に痞えて上手く話せなくなった。結局涙の止まらなくなった自分を、片岡が抱き締めてくれる。
「歩。今まで誰にも言えなくて、辛い思いしたな。」
陳腐な慰めではなく、片岡はこの辛さを分かってくれている。そう思える抱擁が胸に響いた。
「・・・楽に、なりたい・・・」
「それじゃあ、なんだか、今にも死に行くような台詞だろ。」
ギュッと苦しいくらいに抱き締められて、赤ん坊のように背を軽く叩かれてあやされる。急に恥ずかしくなって抗議の目を向けるべく顔を上げる。
「ッ・・・」
突然視界がなくなったと思った瞬間には口付けられていて、呆気に取られる。驚いて涙も止まった。片岡はというと、なんてことない顔をして、また抱き締め直してくれる。
「イヤだった?」
嫌ではなかった。むしろ心臓は煩く鳴り響いて、抱き締めてくれる片岡に伝ってしまうのではないかと思えるほどだ。
「付き合ってみない?」
言わせた自分は狡い。本当は気持ちに整理を付けて、その気があるなら歩の方から言うべき言葉だった。
告白させて、自分の意思すら委ねてしまうなんて、自分が酷く卑怯な生き物のように思える。
「難しく考えなくていいんだよ。」
それでも、こんな自分を気に掛けて、片岡は優しい言葉を重ねてきた。
「一緒にいたくなったら、俺のこと呼んで?」
片岡の最後の一押しに、歩は頷いて応えた。
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朝霧とおる