すっかり身体の怠さが取れて、風邪から復活した週末。賢介は新学期の準備に、歩は入学の準備にそれぞれ追われていた。
「サークル、どこ入ろうかなぁ。」
「・・・入るの?」
「うん。良いところがあれば。」
新しい出会いの邪魔をするのは褒められたことではない。けれど大学は良くも悪くも世界が拓けることは自分で十分経験済みだ。歩のように邪気のない人ばかりではない。悪いことに引きずり込もうとする輩も少なからずいる。
束縛するのは良くない。あれもこれもダメだと言ったら幻滅させるだろうし、彼の好奇心をきっと邪魔してしまう。
けれどサークルというものに興味津々な歩を快く思えない自分。器が小さいと言われようと、心配なものは心配だ。
「賢介はどうして入らなかったの?」
「だって、ほら・・・歩との時間も大事にしたいし。」
歩は遠回しに言っても伝わらない。言いたいことは直球で言うしかない。それが一番こじれない方法だと、この一年で学んだ。
「そっか・・・そうだね。俺の学校、課題多いって聞いてるから、考えてみたら入ってる場合じゃないかもなぁ。」
「課題のペース掴んでから考えても良いんじゃない?」
「そうだね。そうする。」
入る入らないにこだわりがないなら、妙な執着が出る前に引き止めてしまいたい。余計なことに時間を取られて、自分との時間を削られてしまうのは悲しい。
一緒に暮らしているから嫌でも会うけれど、そもそも通う大学が違う。ただでさえすれ違いが多いかもしれないのに、喧嘩の種は少ないに越したことはない。
賢介の大学では二年目から自由に選択できる専門授業が増える。履修登録前の下調べが、その一年の充実度を左右するので、この春休みは気が抜けない。
一方の歩は、先ほどまで大学から事前配布された資料を熱心に読んでいたのだが、飽きたのか、テキストを放り出してスケッチブック片手に何やら描き込んでいた。
「何描いてるの?」
「ッ・・・ダメ!」
スケッチブックを覗き込もうとすると、勢いよく閉じてしまう。
何だか最近、ダメなものが多い。ちょっと面白くない。試しに食い下がってみようかと思った矢先、あろうことか歩は鍵付きのアタッシュケースにスケッチブックを仕舞い込んでしまう。いっそ清々しいほど、あからさまな隠し事だ。どれだけ見られたくないんだろう。
「見られたくないの?」
「う、上手く描けてないから、ダメ。」
見られたくない理由は上手く描けていないからではない。目を泳がせる彼が嘘をついているのは明らかだ。
しかし嘘をつかれる理由が思い当たらない。
「歩」
「ん?」
「俺に隠し事してるよね?」
「し、してないよ!」
「そう?」
「うん!」
必死過ぎて怪しい。しかしどう首をひねっても、ここ数日、彼の奇妙な行動の正体がわからない。
「歩」
「うん・・・」
座り込んでいた床から立ち上がって、逃げ腰の歩の隣りへ腰を下ろす。ジッとその様子を見つめていた歩は、隣りへ座って手を重ねたところで、身体を強張らせる。
「ッ・・・」
身体に緊張を走らせている歩をよそに、彼の唇に自分の唇を押し当てる。
驚いて息を止めた歩の様子を確かめながら、彼の両手に自分の指を絡ませて、より深いキスを与えていく。
唇を食むように仕掛けたら、歩の身体から徐々に力が抜けていって、茹で上がったように顔を赤くしていく。
「歩。俺のこと、好き?」
「ッ・・・」
「俺は歩のことが好き。」
「うん・・・」
どうしようもなく不安な時は言わせたくなる。嘘をつかれるのは、たとえ悪意のない嘘であっても気分は良くない。
執拗に好きだと迫るのは、繋ぎ止める手段としては賢い選択だとは言えない。わかっていても、確かめたくなる。それがコントロールできないほど溺れてしまう、好きだという気持ち。
まだ、あの幼馴染に気持ちがあるのではないかと、唐突に不安になる。襲いくる焦燥感にいてもたってもいられなくなるのだ。
「賢介・・・好き、だよ。」
息切れするくらいのキスをして、その合間に目を潤ませながら好きだと歩が伝えてきた。そらされない視線が、本物の気持ちだと教えてくれる。
歩は素直だ。嘘が嘘だと簡単に露呈してしまうほど、悲しいくらい正直者。
疑ってしまう自分が嫌になる。けれど隠し事をしようとする歩にも非はあると思う。
せっかく二人で新しい生活をはじめて、また一歩、彼に近付くことができたと思っていたのに。こんな落ち込むことになるとは思ってもみなかった。
「秘密にしてること・・・怒ってる?」
「・・・。」
怒ってるわけじゃない。落ち込んでる。
「俺、やっぱり隠し事は苦手だな・・・」
潤んだ瞳のまま苦笑いしてきた歩に、わけがわからなくて微かに首を傾げる。
「でも・・・もうちょっとだけ、内緒にさせて。」
「・・・。」
「絶対、悪いことじゃないから。」
そう言い切って、気まずい空気を断ち切るように、歩がキスを仕掛けてくる。そしてそのまま体重をかけて押し倒してきた。
「ッ・・・」
自分で押し倒してきたくせに、驚いたように目を見開いて、恥ずかしそうに見下ろしてくる。
どうやら衝動的になりかけて、我に返ってしまったらしい。勝手に居た堪れなくなって、顔を真っ赤にして俯く彼を、心底可愛いと思ってしまう。
離れていこうとする身体を咄嗟に引き寄せて、組み敷いた。
どうしようと焦った顔がまた愛しい。
その姿に、賢介はとりあえず心のモヤモヤを保留にすることにした。
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朝霧とおる