忍者ブログ

とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

早引き

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

早引き

口へ運ぶ味に納得がいかなくて、勝田は静かに箸を置く。部下たちが騒ぐのを横目に、こっそり溜息をついたのは内緒だ。

特段自分は味にうるさい方ではないと思う。勝田は並べられたつまみの代わりにビールを流し込む。すきっ腹に流し込めば後で苦しむ羽目になるかもしれないが、どうしても料理を口にする気分にはなれなかった。

温かいふんわりした白米と鰹節で出汁を取った絹豆腐のお味噌汁、甘みのある肉じゃがに、薄塩の焼き鮭だったら最高なのに、と想いを馳せたところで気付いてしまう。

なんだ。とても簡単なことだ。香月の作ってくれたご飯が食べたいのだと、すっかり胃袋を掴まれている事実に愕然とする。

知っていたけど、その事実を突き付けられると落ち着かないものだ。

目の前に並ぶ料理のほとんどは味の濃いものばかり。酒のつまみだから仕方がないけれど、いかに香月の作る料理に舌が慣らされたか、ということだろう。

昔は平然と平らげていた。この皿の上に鎮座する料理を疑問にも思わず食べていたというのに。

歳を取った所為かと一瞬思ったけれど、違うと確信している。勝田の舌も胃袋も、求めているのは香月の作ってくれる手料理。彼の思いやりを感じるその味は、もう自分にとって、生活の一部になってしまっているようだった。

捨てられたら大変だな、と頬杖をついてビール片手にたそがれる。そして、無性に香月の優しさが恋しくなった。

早く帰りたい。夕飯はいらないと言ってしまったことを心底後悔した。気持ちが沈んで、ビールの入ったグラスを口に運ぶ動作すら止まってしまう。

「勝田さん、どうされたんですか? もしかして、あんまり具合良くないとか?」

ポーカーフェイスは得意なのに、部下にバレている時点で、今夜は落第点だ。早く帰るならチャンスは今しかない。

「ちょっと食欲なくてね。あとは・・・これで。ね? おいとまするよ。」

自身の飲み代に上乗せをして部下に差し出した後、すぐに勝田は身支度を整えるために立ち上がる。

「え!? 勝田さん、マジでこんないいんすか!!」

「今年もお疲れ様。」

「お疲れっす!」

そこかしこから上がる声に勝田は送り出される。きっと彼らも上司がいない方がざっくばらんに楽しめるだろう。勝田自身も会いたい恋人の顔を早く見られるのだから、一石二鳥だ。

乗った電車の中は意外にも仕事帰りと思われる顔が少なかった。忘年会シーズンだから、ラッシュはもっと遅い時刻なのかもしれない。

窓の外に目をやって風景を流し見ていても、なかなか望む風景は近付いてこない。会いたい気持ちが募るほど、遠い場所にいるような気がしてしまうのだ。向かう方向とは逆を行っている気にすらなってきて、重症っぷりに溜息をつくしかない。吐き出した勝田の息は、電車の窓を白く曇らせていく。

勝田の早い帰宅を香月はどう思うだろうか。会いたくて逃げ帰ってきたことがバレてしまったら気不味い。香月は敏いから心配だ。

固形物をほとんど口にしなかったので、胃が空腹を告げて鳴き始める。最寄り駅のスーパーマーケットは閉店時刻がいっときより早まった。時計の針が指し示す時刻に勝田はガックリと肩を落とす。

食材を買って帰ることが叶わない以上、望んではいけないな、と何度目かわからない溜息をつく。

しかし鬱々と電車に揺られていると、コートのポケットで携帯が着信を告げて震えた。この携帯に連絡してくるのは香月くらい。受信内容がわからなくても心が躍ってしまう現金さはもう諦めることにしている。

『閉店後、帰宅中。今夜はお夜食いりますか?』

受信したメールに泣きたくなる。帰宅して香月の手料理にありつけるのだと思ったら、歓喜を示す物質が脳から一斉に放出されたのか、胃が期待に満ちて大合唱を始める。

飲み会だと伝えていたから、気を遣って用意していてくれたということなんだろう。飲み始めると、固形物よりアルコールの摂取量が遥かに多くなることを、香月は知っている。帰り着いた家で勝田が改めて食事をすることは少ないが、考えてみれば、いつも彼は気を遣ってくれていた。

縋る気持ちで、食べたい旨を返信する。うどんの用意があるという神々しい返事を寄越してくれた彼にまだ捨てられることはなさそうだと、勝田は実感して目が潤んだ。


 * * *


温かい汁と馴染んだ喉越しの麺。半熟のゆで卵とわかめ、天かすというシンプルな組み合わせに勝田はホッと胸を撫で下ろす。香月がよく作ってくれる慣れた味。

「美味しい・・・。」

「また飲んでばっかりだったんですか? ダメですよ。ご飯もちゃんと食べないと。」

抜け出したことはバレていなそうだ。香月に苦笑して、彼の小言を甘んじて受け入れる。

親しんだ味が身体と心に沁み込む。頬が緩んで、気が付いた時にはすでに心の声がこぼれ落ちていた。

「やっぱり君のがいい・・・。」

「え・・・?」

香月の上げた声で、初めて自分が声に出してしまったことに気付いて慌てる。

「凌さん。もう一回、言ってください。」

嬉しそうな甘い声で強請られて、勝田は逆に黙り込む。顔から火を噴きそうなほど恥ずかしくて、香月の熱い眼差しを避け、うどんを凝視して黙々と啜った。

「ねぇ、凌さん。自惚れてもいいですか?」

香月は勝田が黙り込むことは想定内だったようで、特段気を悪くした様子もなく、見つめてくる。

もう居た堪れないことこの上ない。しかし彼の作ってくれたものを駆け込むように雑な食べ方はしたくない。ゆっくり噛み締めながら胃の中に収めていき、感謝の気持ちは大きく持ちつつも小さな声でご馳走様を言う。そして優しい眼差しから逃げるように洗面所へ立った。

勝田が黙々と歯を磨いていると、キッチンから機嫌の良さそうな香月の鼻唄が聴こえてくる。香月の熱い視線は、ベッドに収まるまでずっと追い掛けてきた。









いつもありがとうございます!!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N


Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる
PR

コメント

プロフィール

HN:
朝霧とおる
性別:
非公開

P R

フリーエリア