結婚式会場を彩るために早朝から出掛けた香月のことを想う。まだぬくぬくと厚い羽毛布団にくるまれていた勝田に、彼は美味しい朝食と口付けを残してくれた。
彼は優しい。そっと触れてきた唇の感触は、まだ勝田の唇に残ったままで、身体がふわふわと幸福な浮遊感に包まれている。
「もうちょっとだけ・・・。」
そろそろ起きなくては。洗濯物は勝田に任された数少ない家事だが、真冬の風は、なかなか濡れた衣服から水分を攫ってはくれない。雲がお日様を隠してしまわないうちに起きて干さなければと思う。しかし寒さに臆する勝田の身体は抵抗を示したまま、布団の中に隠れたがった。
「皐はエライな・・・。」
数少ない休みがあったとしても、自分のようにダラダラと時間を無駄にすることはない。やるべき事をテキパキと片付けて、いつだって心地良い佇まいに整えることに励んでいる。
サイドテーブルに手を伸ばして、勝田は手探りでエアコンのスイッチを入れる。十五分経ったらいい加減起きようと心に決めて、フル稼働し始めたエアコンに期待の眼差しを送った。
彼はちゃんと温かくしているのか。式場の中は空調もきいているだろうから大丈夫かな。でもいつも通り冷たい水を相手にしているなら、彼の指先は痛々しく赤く染まっているかもしれない。
慣れているから大丈夫だと彼は言っていたけれど、やっぱり好きだからこそ続く仕事だと思う。自分は真冬の水に手をつけて、平然と花に語り掛けることはできない。どんな苦行だと罵りたくはなるとは思うけれど。
置時計の針を見つめて、きっかり十五分計ったところで、勝田は渋々起き上がる。ガスを付けて洗面所でぬるま湯の有難さを思いながら顔を洗い、着替えをしないままダイニングのテーブルにつく。
テーブルに並べられた朝食を前にして、勝田は手を合わせる。いつも気遣ってくれる彼に感謝をしながら、呟くようにいただきますを言った。
「・・・温めようかな。」
今日は特段しなければいけないことはない。時間はたっぷりあるし、せっかく彼が作ってくれた朝食。少しでも美味しい状態でいただくのがいいだろうと、一度ついた席を立って電子レンジの助けを借りる。
この家にあるほとんどのものに慣れた。手に馴染み、息をするように多くの物を使いこなせる。もう借りの住まいという感覚はなく、勝田にとってここは落ち着いて息をつける我が家になっていた。
ずっと目でタイマーが減っていく様子を見つめている様子は暇人そのもの。カウントがゼロと表示されるやいなや高音がキッチンに鳴り響き、温め終わったことを報せる。再びテーブルに並べ直して、勝田は改めて手を合わせていただきますを言った。
テーブルの中央で小さなポインセチアが揺れる。この子はクリスマスの夜、我が家へやってきた。
クリスマスシーズンに飾られるものだから、てっきり寒さに強い植物なんだと思っていたけれど、香月によると原産地はメキシコらしく、寒さにもさほど強くないらしい。一方で暖房の風に当てるのは良くないことを思い出し、勝田は慌ててテーブルの中央から風が当たらないところまで移動させた。
ポインセチアの赤は部屋をパッと華やかにしてくれる。香月の不在に沈む勝田を励ましてくれているようにも思えた。夜まで彼は戻ってこないけれど、この子のそばで時間を潰していれば、幾分気も紛れるような気がする。香月が思い入れを持って市場から買い付けてくることを知っているだけに、大切にしたいという気持ちが自然と湧いてくる。勝田は買ったまま放置していた本を、テーブルを彩るこの花のそばで読むことに決めた。
* * *
誰かがそばで動き回る気配がする。そう感じた途端、勝田はいつの間にかテーブルで眠りこけていた事実に気付く。
「ッ・・・。」
「凌さん。起こしちゃいましたね。ちょっと明るくし過ぎたかも。ごめんなさい。」
「ううん・・・。おかえり。今、帰ってきたの?」
「はい。只今帰りました。」
今朝、彼が去り際に残してくれた唇の柔らかい感触はすでに消えていた。しかし忘れないうちに、とでも言うように、香月がただいまのキスをしてくる。
どうしよう。柄にもなく、ときめく。寝起きで、まだ通常運転には程遠い頭の中は幸福感に満ちて、花が一斉に咲き出した。途切れなく温かさをくれる恋人に、自分は甘やかされてばかりだ。
「ご飯、食べてないですよね?」
「うん。」
「ポトフにでもしましょうか。」
忙しい仕事場から帰還して、息つく暇もなく、また炊事に励もうとする香月に申し訳ない気持ちになる。簡単なものでもいいから、何か用意できたら良かったのに、すっかり寝入っていた。情けない自分に内心溜息しかない。
「手伝うよ。」
料理に関しては全面的に頼ってしまっているから、できることはさほど多くない。しかしせめてもの罪滅ぼしに手伝いを申し出る。
「じゃあ、じゃがいもの皮むきお願いします。」
「わかった。」
しかし香月には勝田が抱いた居た堪れなさは筒抜けだったようだ。彼の顔が微笑みに変わって、その朗らかさが勝田の心を優しく包む。
「今日頑張ったから、ご褒美ください。」
背後からそっと抱き締められて、勝田の肩に香月が顎をちょこんと乗せてくる。耳をかすめる彼の息遣いに胸を高鳴らせながら、勝田はゆっくり振り返り口付けた。
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朝霧とおる