大掃除に充てるはずの時間を結局仕事に費やしてしまうのは、デザイン課ではほぼ通年のことだ。しかし一束デスクにあるだけの柚乃宮とは違い、課長のデスクは悲惨だった。このまま年を越すのかと思うと祟りにでも会いそうな気がするくらいには汚ない。
「柚乃宮、どうだ?」
「今、データ投げました。もう次で校了になると思います。」
「そうか。じゃあ、オーケー出たら上がっていいぞ。」
「はい。」
時計の針が指し示す時刻は正午ちょっと前。多田との約束を反故にし続けた年末だったから、なんとしても今日は予定通りに帰りたい。
そわそわと落ち着かない気持ちでデスク周りを整えながら、客からの返信を待つ。大して身の入らない掃除をしていると、間もなく受信ボックスに待ち望んでいた人からの返事がやってくる。あちらも早いところ仕事を切り上げたい気持ちは一緒だろう。
柚乃宮は文面を確認したのち、デスクの下で小さなガッツポーズをする。印刷部のサーバにデータを投げて指示書を送ると、柚乃宮はデスクの前で伸びをして立ち上がった。
「柚乃宮、お疲れさん。」
「お疲れ様です。」
「今日は多田くんと忘年会だろ? よろしく言っておいて。」
「はい。」
指摘されて、居た堪れない気持ちと、一緒に過ごせる嬉しさが半々。多田が内線を使って連絡を寄越すものだから、課員にも会うことが筒抜けなのだ。
やましいという気持ちとも少し違うのだが、落ち着かない気分にはなる。多田は余計な事は言わず自然にしていればいいと言うけれど、その境地に達せるまで、まだ時間はかかりそうだった。
営業フロアのあるエレベーターホールに急ぐ。多田はホットの緑茶片手に、壁に寄り掛かって立っていた。
* * *
どこに行くとは聞かされていなくて、まさか男二人、渋谷の大型商業施設でケーキのショーケース巡りをすることになるとは思っていなかった。
柚乃宮はクリスマス当日、休日出勤をして、多田を心底落ち込ませた。忙しくて結局大したフォローもできずに今日を迎えている。多田が熱心にショーケースの中を覗き込んでいるので、彼が満足するまで見守ることにした。
「これとかどうかな。」
彼の口振りからするに、どれを一緒に食べたいかと聞いているのだろう。しかし正直なところ、自分はそこまで甘い物を好んで食べるたちではない。彼の視線の先にあるのはホールケーキで、直径は十五センチ近くある。二人で食べ切るには些か多いように思えた。
クリスマスにフッてしまった反動がここに来ているのだとしたら本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ケーキの量には内心青褪める。多田を喜ばせたい気持ちは十分あるけれど、半分食べろと言われても無理だ。
「ホールじゃなくて・・・こっちの小さいのとか・・・。」
「・・・そうだよね。」
がっくりと肩を落としつつも同意してくれた多田にホッとする。柚乃宮の言うことは最初から想定内だったのだろう。多田はそのまま柚乃宮の指したカットケーキを店員にオーダーし、早々に会計を済ませる。
「今日は家でご飯にしよう。」
小声で告げてきた多田の口元が嬉しそうに緩む。柚乃宮もそんな彼につられて小さく笑みをこぼし、多田を見上げた。
* * *
「柚乃宮、はい。」
「ッ・・・。」
背後から多田に抱き締められて、彼の持つフォークが口を開けろと催促してくる。最後の一切れ。どうしても彼は柚乃宮の口に運びたいらしい。
多田は恋人の自分を甘やかすことが本当に好きだ。面倒見がいいという彼の顔は、必ずしも全ての人に発揮されるものではないことは最近気付いた。
特別であることを実感すると共に、気恥ずかしい。フォークが無言で訴えてくるなか、頑なに口を閉じていると、ひと際甘い声で囁いてくる。
「健斗のそういう頑固なところも好き。」
「ッ・・・ちょッ・・・」
多田が渋々自らの口にフォークを突っ込み一件落着かと思いきや、顎をすくわれ口付けされる。熱い舌が滑り込んできて、口の中いっぱいに広がる甘さに眩暈すらおぼえる。
抗議の声は口付けに呑み込まれて、消えてしまう。もう明らかに行為に及ぼうという勢いだったが、止める手に力は入らなかった。
「お風呂・・・。」
「一緒に入ろう。」
お預けが続いた年末。手加減してもらえそうにはない。しかしそれでいいと思えるほど、心も体も仕事からは解放されていた。
「クリスマスは我慢したから、サービスしてほしいな。」
「サービスって・・・なんか、変態みたい・・・。」
「変態でもなんでもいいよ。もうこれ以上はムリ。」
「わッ、ちょっ、と!」
同じ男に軽々抱き上げられることに若干の悲しさをおぼえつつ、この強引さが嫌いにはなれない。彼が踏み込んでくれなければ、いつまでも臆してばかりいて前に進めないことも少なくないからだ。
大きな胸に抱き締められるとホッとする。初めて抱き締めてもらった日から、それは変わっていない。
「聡さん」
「うん?」
「・・・ギュッと、してください。」
「早速、サービス?」
強請られたことが嬉しかったらしく、多田の口もとがいつになく緩む。普段そんなに冷たい対応をしている自覚はないのだが、どうやら少しばかり彼への態度を改めた方がいいのかもしれない。
羞恥心を押し殺して、多田の首に腕を回す。驚いて目を見開いた彼にしゃがむよう目で促して、柚乃宮は多田にキスを贈った。
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朝霧とおる