この人は花に何かを重ねている。
ジッと花々を見つめて、彼が手を伸ばした花は白い桔梗だった。
紫色の鉢は多く見かけるが、仕入れの時、ついこの白に魅入られて手に取った。土曜日はきっと勝田が来る。彼の目に留まれば良いと密かに願い、好まれる鉢ではなくあえて切り花を置いた。そうしたら、彼がまた花束にして持っていけると思って。
「香月くん。いつもと同じようにしてくれる?」
彼に名を呼ばれたのは初めてだった。自然に溢れた笑みをそのままに、勝田の方へ顔を向けて頷く。
「勝田さん」
「うん?」
「この花の名前、ご存知ですか?」
「ううん。知らない。何て言うの?」
多分、社交辞令で聞き返してくれただけだと思うけれど、彼の促す言葉に甘えて答えた。
「桔梗です。花言葉はね・・・変わらぬ愛、優しい愛情です。」
勝田が目を見開いたのは一瞬。次の瞬間にはいつもの飄々とした表情に戻っていた。
「そうなんだ。」
勝田が皐を見る目は優しく、浮かべた笑みは穏やかだった。しかし完璧過ぎてかえって不自然なほどの柔らかなその笑顔に、皐は彼の拒絶を感じる。
これ以上踏み越えてはいけない何か。彼が引いた境界線を、今自分は彷徨っているところだろう。誰の為の花なのか、皐はこの時はっきりと悟った。この花たちは死者の元へ行く。勝田の手で、彼の愛した人の元へと贈られるのだろう。
ただの勘だけれど、自分と同じ年頃の人たちに比べたら、老若男女問わず接客をしている。人を見る目は自信があった。
皐は努めて冷静を装い、花と向き合った。一本一本心を込めて切り揃え、手の中で組んでいく。一つひとつの花たちが個性を持って咲いているのだ。その魅力を余すことなく解き放つ為に、彼らのベストポジションを見つけていく。
花は生きている。人の温かい手は時に毒となってしまう。手早く、けれど丁寧に、彼らの表情を探しては引っ張り出して、皐はようやく収まりの良い状態を見つけた。
選んだリボンはブルー。光沢のある細身のものを手に取った。根元に幾重にも巻いて端を切り揃える。手元に軽やかさと華やかさが欲しくて、カッターの刃とは反対側をリボンに当てて先端をカールさせた。シュッと小気味良い音と共にブルーのリボンが踊る。差し色に黄緑のリボンを足して、花たちの装いを整えた。
彼の祈りが届くといい。勝田がこの花に込める想いが変わらぬ愛なら、自分は勝田に優しい愛情を注ぎたいと思った。
勝田を知りたい。花々に注がれるせつない目が、自分の心を締め付ける。皐に向けられる瞳が冷めたものだったとしても、彼への強烈な興味は消えない。むしろ増していくばかりだ。
「今日も綺麗だね。」
勝田の視線が桔梗に注がれる。優しくて寂しそうな目を見ているだけで、花束を渡す手が震えそうになった。
「香月くん、いくら?」
「今日は・・・お代は結構です。」
「・・・。」
ぶつかった視線を痛く重々しく感じたけれど、彼に近付いてみたい一心が背中を押した。
「これは・・・弔うための花ですよね?」
「・・・勘が良いみたいだね。」
「一緒に・・・行っちゃダメですか?」
勝田の目に射抜かれると、猛獣にでも睨まれている気分だ。全く動かない表情でも、視線だけは自分を見定めているのがわかる。
「何で?」
「勝田さんを・・・知りたいんです。」
「・・・君、変わってるね。」
他に言葉を待ったけれど、不敵に笑ったきり、それ以上勝田から言葉はなかった。ジッと自分を眺めている勝田の態度を見て、皐は自分の都合が良いようにその意味を解釈する。
「今、店閉めるんで、待ってて下さい。」
「そう。」
単なる気まぐれでも構わない。店先に並べた花を手早く店内に仕舞い込み、水を汲み変える。中断していた剪定は帰ってきてからやろうと、仕事道具も一旦片付けた。
勝田を待たせている。彼の気が変わってしまわないうちに、済ませてしまいたかった。慌ててシャッターを下ろし勝田に向き直ると、可笑しそうに勝田が笑う。
「その手に持ってる臨時休業の札、掛けなくて良いの?」
「ッ・・・」
勝田に指摘されなかったら、手に握り締めたまま、間抜けにも札を持って歩いていくところだった。必死になり過ぎている自分が露呈してしまい恥ずかしい。そそくさと札を掛けて、勝田と少し間合いを取って彼の隣りに並んだ。
並び立つと自分の方が微かに背が高いくらい。一つ段を上った作業台からいつも彼を見ていたから、ほとんど同じくらいの身長だとわかって新鮮な気持ちを覚える。彼の印象から、もう少し小柄な人だと思っていたのだ。
「ここからすぐだよ。」
皐の前を歩き出した勝田の背を追う。勇んでいるようで、寂しげな背中だった。
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朝霧とおる