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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

幸せを呼ぶ花2

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幸せを呼ぶ花2

もうすぐ梅雨に入る。湿り気のある風が肌を撫でていった。空はどんよりと曇り、長年降り積もった心の澱を映しているようにも思える。

勝田凌(かつたりょう)はもう何度目の来訪かわからないこのコンクリートの土手に腰掛けて、かつて自分の隣りに座っていた彼の事を想っていた。

自分たちが高校生だった頃、この川の土手はまだ土が剥き出しだった。夏になると草が生い茂り、その上で寝転んだ。冬になれば寒空の下、身を寄せ合って焼き芋も分け合ったりした。くだらない話を沢山した。そして来る未来を信じて夢を語り合った。

彼と共にここで過ごした歳月は十二年。否、十一年だ。最後の一年は、ここへ来る事が叶わなかった。

そして勝田が新入社員として働き始めた頃、この土手にはコンクリートが敷き詰められた。思い出の全てが、このコンクリートの下に埋められている。せつない想いを昇華できないまま、全ては葬り去られてしまったのだ。

花を手向けに来るようになったのは四十を過ぎてからだ。何をしていても、彼の事が過ぎってしまう自分。喜びも悲しみも、分け合いたかった彼がいない。一人の人間と深く付き合う事が怖い。また失ってしまったらと思うと足が竦んでしまう。それだけ彼の存在は大きかった。

彼は思い出の中の住人ではない。自分の中で、まだ生々しく生を感じる人なのだ。彼の声を、その手の温かさを、忘れてしまうことができない。

消えない想いなら、受け入れるしかないではないか。彼を想い、思い出の場所へ花を手向ける。そして陽が暮れるまで、ずっと心の中で彼に呼びかける。

月に一度、彼への想いに浸る日を作る。この数年はその日々を繰り返して心の均衡を保ってきた。

もう若くはない。後悔をしたくない。自分の心の望むまま正直に生きていたい。今日は月に一度、自分であることが許される日。不穏な空模様とは正反対な、穏やかな川の流れを勝田は見つめた。

ここへ来る途中にある馴染みの花屋は、一年前に店主が変わった。勝田が子どもの頃から知っていた店主は亡くなっている。てっきりそのまま店もなくなってしまうかと思いきや、香月という名の青年がやってきた。

月に一度やってくる自分を、さぞかし変な客だと思っているだろう。けれど今日口をきいた限りでは、変な客だと思いながらも好奇の目で見ているようだった。彼の慌てる様を思い出して、口元を緩めて声も出さずに笑う。

勝田の懐で大きな花びらを開いて華やかに咲く百合は、この曇り空での再会を慰めるのには都合が良かったかもしれない。

選ぶ花にこだわりはない。あえて言うなら白が良い、というだけだ。この土手には春になるとシロツメクサが沢山生い茂っていた。彼の事を思い出すと、同時にシロツメクサを思い出す。彼の思い出と共にあるのは白い花。他に意味はない。

香月という青年の手で丁寧に包装された百合の花束。その根本にある赤いリボンをスルリと解いていく。透明のセロファンと淡い黄緑の紙も取り払って、百合の花びらを指で撫でた。

目を閉じて、胸いっぱいに香りを吸い込む。すると彼の声が聞こえるような気がして、百合をそっと抱え込んだ。けれど、命を煌めかせていたあの日々は、二度と取り戻す事はできない。その事を自分はちゃんと知っている。

永遠に別れを告げた友、この世界から消えてしまった想い人を、決して忘れたくない。忘れることができなかった。

せめて安らかな眠りを、と願い、勝田は手に抱えた百合の花束を川へと放つ。穏やかな川の流れに身を委ねて、クルクル舞い踊る百合の花。

視界から完全にその姿が消えてしまうまで、勝田は百合の舞を目で追い続けた。














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